パリで生活している日本人向けのコミュニティーサイトやSNSがどれだけあるのかはわからないのですが、僕もたまにそういうのをチェックしています。今の家はある程度気に入っているのですぐに引っ越すことは多分ありませんが、ひょっとしたら破格の条件のものがあったりするかもしれませんからね。
物件や売り買いの情報だけじゃなく、友達募集やイベントの参加者募集みたいな掲示もそこそこあります。実はこれまでにも何回かそういう人たちと連絡を取り合う機会があったのですが、ほぼ全てフェードアウトされてきました。自然消滅というやつですね。まあ割と普通のというか常識的なやりとりをしているつもりなのですが、どうなんでしょう、文体から微かに漂う危険な匂いを察知されているのかもしれません。
別に出会いを求めているわけではありません。求めているのはひたすらネタになる何かです。
そんな中である日、こんな掲示を見つけました。もちろん日本語です。
「私はフランスに生まれ育った男です。昔日本語を勉強したけど、忘れないために日本人の男と話したい。だいじょうぶ同性愛者じゃないよ。年齢は問わない」
これを見て皆さんだったらどうしますかね。僕はこれだと思ってすぐに連絡しましたよ。どう転んでも面白くなりそうでいいじゃないですか。それでフランス語でメールを送ったら向こうもすぐに返事をくれて、29日の夕方に会うことになったわけです。
いざ当日。事前に僕の特徴を向こうに伝えてあります。「ヒゲメガネボウズだからすぐ見つかると思いますよ」と。パリ中心部のシテ島の南側サンミッシェルで待ち合わせていたのですが、向こうに着いたとメールすると、僕より少し背の低い男性が声をかけてきました。
「ムッシュ了三ですか?」
『そうです、初めまして』
「来てくれてありがとう、私はアブデルです」
なんと向こうもヒゲメガネボウズだったのでちょっと笑っちゃいましたよ。やはり同類は引かれ合う…?
どこに行くのか尋ねたら公園で話しましょうということに。道中でだいたい自分のプロフィールを伝えました。年齢は向こうのほうがやや上で、
「君は若くて羨ましいな」
『いやー、でも学生としてはもう若くないですよ』
「何を言ってる。若くないなんて60を超えてから言いなさい」
いやあんたも60には程遠いやんけって思いましたが、励ましてくれたことは有難いです。
公園に着いて、ベンチに座ってひたすら話しました。天気が良くて気温もちょうどいい感じでした。会話の内容は結構多岐に渡ったので、断片をいくつか書き出してみます。
『僕以外にあの掲示を見て連絡した人はいましたか?』
「いや君だけだ。以前に何回かやりとりをしたことはあったのだけど、ある日突然連絡がこなくなるんだよ。そんなのばっかりさ」
『わかりますわかります』
「私はフランス人ではないんだ、見た目でわかると思うけど」
『ああ、そうなんですか? いや僕には見た目では判断できなかったですよ』
「生まれたのも育ったのもフランスだが、両親はアルジェリア人だ。だから国籍はフランス、人種はアルジェリアというのが私のアイデンティティーだ」
『そうなんですね。実は学校の友人にもアルジェリア出身の人がいて、彼が教えてくれましたよ。フランスのクスクスが偽物だって』
「その通りだ。別にそれだけじゃない、パリにあるのは偽物ばっかりだ。そういう場所なんだよここは」
「フランス人の女の子と日本人の女の子、どっちが好きだい?」
『そりゃあどちらも好きですとも。まあ興味としてはフランスの女の子と仲良くなってみたいですけどね』
「だったら探せばいいじゃない」
『まあ難しいんじゃないですかね。日本人女性とフランス人男性の組み合わせは多いですけど、その逆ってほとんどないでしょう』
「確かにそうだね。なんで日本人の女はこっちの男と結婚したりするんだ?」
『さあー、それぞれの事情があるんじゃないですか』
「よく聞くのは、「日本人の男は情けない」って女が言ってるけど、あれってどう思う? あれはレイシストの一種なんじゃないのかい?」
これツイッターとかで書いたりしたら炎上するんでしょうねー。まあ僕は堂々とここに書いてますが。
「映画とかは好きかい? フランスの女の子は日本の映画が好きだから、その話をすると食いついてくるよ」
『それはアニメじゃなくてですか?』
「アニメもそうだけど、古い映画なんかも人気だよ」
ほんとかなあ。フランスの女の子が深作欣二が好きだったらそれはそれでどうなんだ。
「何か日本語で質問してみてくれ。なんでもいいよ、「シンゾー・アベは好きか」でも」
『なんでいきなりその名前が出てくるんですか笑』
「僕は割とネットの日本語掲示板を見たりしているんだけど、彼を支持していない人は多いんじゃないのかい?」
『うーん、それに関してはともかく、ネット上の意見をそのまま受け取るのはあまり良くないですよ。実態とかけ離れていることが多いですから』
「でも正直な意見もそこにあると思うんだ。ほら、日本人ってあまり表立ってあれこれ言わないでしょ」
『よくご存知で。まあ確かにそれはそうなんですけどね…』
「彼のアメリカに対する態度は、明らかに下からじゃないか。北朝鮮の指導者を見てごらんよ。対等にアメリカと渡り合ってるじゃないか」
あれを対等と呼ぶとして、そのために国民に払ってるツケがでかすぎませんかね。
『日米の同盟は一番重要です。対等かどうかというより、アメリカの助けなしには安全が確保されないというのは事実ですから』
「日本が独立して力をつければいいじゃないか」
『もちろんそれが出来れば理想的でしょう。しかし自由には金が要る。現実に軍事予算をあげるのがどれだけ大変か』
「構うものか。やってしまえばいいんだ」
簡単に言ってくれるなこいつは。
『僕としては日米とさらにイギリスの三国が強固に結びつくのが一番良いと思っています。まあ今のイギリスはそれどころじゃなくなっちゃいましたが』
「イギリスはとっととヨーロッパを抜けるべきだし、フランスもそうすべきだ」
『え、フランスもですか』
「そうだ、結局貧しい国から豊かな国へ人が移っていってるだけだ。それで喜んでるのは大企業だけだ。移民してきた人たちの生活環境も労働環境も酷いものさ。それでも子供は増える一方で、今後ますます悪化していく」
『出生率の低下は日本の最大の問題です。そこに関してはフランスは日本より手厚い保護があるみたいですから、見習う必要があると思いますけどね』
「それはどうかな。増えてるのは移民の子供だけだ。もう「純粋なフランス人」なんてものはいないのさ。今は一時的にうまくいっているように見えてるかもしれないが、長い目で見たとき、移民で人口を維持しようとするのは愚かな選択だ。日本がフランスの真似をする必要はない」
「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト運動)をどう思う? 多分日本人と我々との考え方は違うと思うんだ」
『まあそうでしょうね』
「私はあれに賛成なんだ」
『え、どうして!』
「あれこそフランスの真の姿だ。あれにマクロンが振り回されているのが小気味いいじゃないか」
僕の先生と言ってることが真逆ですね。こういうところが面白いです。
『んー、僕が気に入らない点は、彼らシャンゼリゼ通りの店を襲撃してるでしょう。全然関係ないでしょうそれは』
「小さい店を襲ったりしたらダメだけど、彼らが襲ってるのは全部高級店だからむしろいいんじゃない」
まあここに書いただけでも彼がどんな人物なのかは大体おわかりいただけると思います。僕とはかなり隔たりのある人間なのは間違いないですが、だからこそ話すのは面白いですね。
1時間半くらい話して、公園が閉まる時間になりました。パリの公園は夜になると閉めるところが多いです。地下鉄駅で別れたのですが、僕はまた地上に上って散歩してから帰ることにしました。
ノートルダムの近所は普段全然来ないので、見たのは久しぶりでした。暖かい時期になってきたので、観光客も多いです。
後日お礼のメールを送ったらまた会おうと言ってくれたので、そのうちまた登場するでしょう。今後もなるべく危ない話題に誘導できるように頑張ります。