ちんちんと翻訳の妙技

ライブリアクション、という文化をご存知でしょうか。

今やアニメは完全に世界文化となり、日本制作の作品と言えど日本語圏のファンよりも非日本語圏のファンの方が遥かに多いのが現状です。そしてファンならば作品について語りたくなるのが人情というもの。英語のみならず各国語のアニメ専用掲示板やフォーラムが山ほど存在しています。やはり彼らの作品に対する見方考え方は日本人のそれとは違うところも多いので、非常に興味深いわけです。普段アニメ批評のときにMyAnimeListの点数を紹介しているのもそういう理由です。

 

そんな中で動画配信ブームと共に流行し始めたのがライブリアクションです。これはアニメを見ている自分自身を撮影して投稿するというものです。なので一人あるいは複数人がモニターを延々見ている映像が30分ほど続くという、それだけです。当初は画面の隅に小さくアニメ本編も流して、リアクションと本編と両方同時に見られるものが多かったのですが、利権関係が厳しくなった現在はほぼ全員が自分自身の映像しか使っていません。

「そんなの何が面白いんだ?」と思われるでしょうけれど、ご存知の通り欧米の人は日本人よりも得てしてリアクションが大きいので、もちろん人次第ではありますが案外面白いものです。熱心なファンはリアクションのみならず本編終了後に作品批評もしているので、それを聞く楽しみもあります。

そして最近ではそうしたリアクション動画を一気にまとめてしまえ、ということで1画面に6〜9人くらいのリアクションを同時に流すという横着動画まで現れてきました。こうなると個々人のコメントはほとんど聞き取れないのですが、全体としてどこでどういうリアクションをしているのかは一目でわかります。これはこれで面白いです。

気になる方はYoutubeで「live reaction anime」とかで検索するとたくさん出てきますので見てみてください。おそらく検索上位には早速今言った横着動画シリーズが見つかるでしょう。

 

さて。

長い前振りを終えここからが本題なのですが、先日「かぐや様は告らせたい」の第7話が放送・配信されました。以下内容にバシバシ触れていくので、まだ本編を見てない人はそちらから、本編を見る予定のない人はこのまま読み進めてください。

 

この回の目玉はなんと言ってもちんちんです。しかしネタが非常に日本語独特の言い回しに根付いたものなので、果たして外国人にはウケるのだろうかと思ったのですが、この回のライブリアクションを見てみるとものっすごい大ウケしてました。やはり下ネタ(dirty jokes)に国境はない。まあまあそれはもちろん正しいでしょうけれど、それだけじゃなくてこれは翻訳を相当頑張ったに違いないということで、海外配信最大手のクランチロールの字幕を参照しながらそれを検証していきましょう。

 

まず冒頭。千花がかぐやに、自分の飼っている犬ペスの芸を見たら絶対に笑うだろうと自信ありげに語るセリフ、「すっごいんですよー、ペスのちんちん!」が «It’s amazing! His wiener!» になってます。この瞬間、ライブリアクションの面々が一斉に吹き出してたのが印象的です。これはよくある隠語なのでいいのですが、問題は次のかぐやの返答。

「鎮座を語源とするところのちんちんですよね、ちゃんとわかってますよ!」というセリフ。はえーちんちんの語源ってそうだったのかという豆知識はさておき、これはそのまま翻訳しても意味が通らないので難しいですね。どう処理したか。

«Perhaps you balance a hot dog on his nose, and he waits for a command to eat it. I knew it!»

これ見事ですよねえ。「ウィンナーをぶら下げて待て!をする芸という、そういう意味のウィンナーですよね」と言い換えているわけです。もちろんこれは日本人がよく知るちんちんの芸とは違います。しかしこの場面では実際にその芸をしている映像は流れていないですし、それなら元の意味とは違っても自然に会話が成立するように言い換えた方が「良い翻訳」と言えるわけです。

 

その後ちんちんに過剰反応するかぐやに気づいた千花がここぞとばかりに攻め立てます。笑いの止まらないかぐやに千花はご満悦。

 

 

 

 

良い笑顔や。その後会長が部屋に入ってきて、かぐやは千花に釘をさしますが、千花が止まるはずもなく。なんとかして会長の口からちんちんという単語を引き出してかぐやを陥れようとしますが、それを阻止するかぐやとの攻防が始まります。

千花「かいちょー、路面電車の違う言い方ってなんでしたっけ?」
御行「路面電車?」
かぐや「(ちんちん電車!?)」
«What do you call that little dog that looks like a sausage again?»
«Dachshund?»
«Wiener dog!?»

ここも完全に言い換えてますね。会長の口からちんちん、つまりWienerを言わせるという風に言い換えているので、ここから先の全てをそれに合わせていく必要があるのです。

 

御行「ああ、たしかちんち——」
かぐや「トラム! 英語ではそう言うらしいですよ」
«Oh, isn’t it “wien”——»
«Hot dog! I heard that’s what they sometimes call it in the U.S.»

 

千花「出世魚のクロダイが幼魚のときの名前は?」
かぐや「ババタレ! 関西圏ではそう言うらしいですよ」
千花「イタリア語で乾杯って?」
かぐや「サルーテ! 元来は健康って意味なのに乾杯のときに言うらしいですよ」
«What’s that Viennese breaded, pan-fried cutlet called?»
ウィーン風の、パン粉をまぶして揚げたカツの名前は?(Wiener Schnitzel)
«Schnitzel. It’s similar to our tonkatsu.»
シュニッツェル。こっちでいうトンカツに似てますよ。
«What’s the common name for a hot dog?»
ホットドッグの一般的な言い方は?(Wiener)
«Frankfurter. The term comes from Frankfurt, Germany, where sausages like hot dogs originated.»
フランクフルター。ドイツのフランクフルトで原型が作られたのが由来です。

このように完全に創作しています。頑張ってますね。さて締めはどうなっているのか。

 

千花「もー! 私会長にちんちん出してほしいのにー!」
御行「!?」
千花「かぐやさんが邪魔するから会長ちんちん出さないじゃないですかー!」
«Darn it! President, I wanted “wiener” to come out of your mouth!»
«!?»
«Every time you were about to give me “wiener,” Miss Kaguya would get in the way!»

 

最初のセリフに of your mouth があるので、「言葉にしてほしかった」っていう、そのままの意味になってると思うのですが、まあ仕方ないのかな。でも次は give me wiener と直球表現になってるので、その後にうまくつながってますが。

オチは会長に逃げられた後のかぐやと千花のやりとりと、こっそり聞いてる石上。

 

かぐや「もうちんちん嫌! 藤原さん、何回言ったら満足するの! これ以上ちんちんでいじめないで!」
千花「かぐやさんの反応すっごくよくて気持ちいいんですよ。かぐやさんもちんちん役やってみます?」
かぐや「嫌よ! そんな汚らわしいの口にしたくないわ!」
石上「(扉の外で)な、中でとんでもないことが起きている…!」
«I’ve had enough wiener! Miss Fujiwara, when are you going to be satisfied? Stop torturing me with wieners!»
もうウィンナーはたくさん! 藤原さん、どこまでやれば気がすむの? ウィンナーで拷問するのはやめて!
«Miss Kaguya, your reponse just makes me fell so good. Why don’t we switch? You take the wiener part.»
かぐやさん、すっごく反応いいんですもの。交代する? ウィンナー役。
«No way! You won’t see that come out of my mouth!»
嫌よ! 私の口からウィンナーが出るとこ見ないで!
«Something unspeakable is happening behind this door!»
ドアの向こうで誰にも言えないようなことが起きてる…!

 

あーなるほど。ここで come out of my mouth をもう一回使って本当にちんちんが口から出てくるかのような言い回しに変えてるわけですね。先ほどの伏線が見事に活きていますね、失礼しました。ここライブリアクションでは一番ウケてました。笑ってない人は誰もいなかったくらいです。

 

 

はい、というわけで色々見てきましたが、結論はなにかというと、ちんちじゃなかった翻訳って素晴らしい仕事だなってことです。日本語そのものと分かちがたく結びついたようなネタを、その本質を失わずに伝えて、結果として外国人をゲラゲラ笑わせられるのですから。

当初はこれ「重い話」カテゴリーで書こうと思ってたんです。この話題から「自動翻訳の発達で語学学習がどうなるか」という話につなげたら非常に奥深い内容になるなと思ったんですが、こんなちんちんまみれの内容から小難しい話を展開したところで誰もついてきやしねーなと思い直してやめました。

 

まーしかし、アニメ一本からいろんな話題に結びついたりすることもあるのです。なので我々は日々教養を磨いていかないといけませんね。

という、クソに一輪の花を添えたところで本日はお開き。