『響け!ユーフォニアム』の劇伴音楽の使い方

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最初に申し上げておきますが、今回の内容は非常にマニアックです。興味のない人にはまったく退屈な話だと思いますが、ただ前知識がないと理解できないような内容ではないので、よろしければお付き合いください。

まず今期で僕が見ているアニメなんですが、第1話感想でも述べた通り、『白い砂のアクアトープ』の音楽の使い方が良いなあと思ったんですね。で、「音楽の使い方と言えばユーフォも素晴らしかったよなあ」なんて思い出して、数日前からなんとなく見返していたんです。それで今回の記事に至るわけですね。

 

 

 

『響け!ユーフォニアム』はアニメ版が2015年に京都アニメーション制作で放映されました。当時から僕は大興奮で毎話楽しんでいて、「なんてすごい作品なんだろう」と感動していました。友人とアニメ観賞会なんてのをやったのもこの作品が初めてです。それぐらい語りたいことが沢山あったんですよ。

このブログの評価基準で言うなら文句なしのSです。総合的にはもちろん、脚本(シリーズ構成)、演出、作画、美術、声、音楽、どれをとってもSです。もともと京アニの中でも石原監督は僕が昔から大好きだったのですが、シリーズ演出の山田尚子とタッグを組むとこんなにもすごい作品が出来るのかと驚きました。

 

中でも松田彬人による劇伴音楽(BGM)と吹奏楽曲は本当に素晴らしくて、サウンドトラックはもちろん即購入しました。今でも僕の家宝級の一枚です。

 

TVアニメ『響け!ユーフォニアム』オリジナルサウンドトラック おもいでミュージック

 

さてようやく本題です。今回改めてユーフォ第1期を見直してみて、音楽はもちろんですがその使い方がやはり素晴らしいなと思ったんですね。とにかくコンテにハマりすぎているんですよね。なんでこんなことが出来るんだろうかと気になって、ちょっと分析してみようと思ったのです。

で、第1話2話と、シリーズの中でも特に音楽演出に力が入っている8話11話の劇伴の使い方をまとめてみました。

trackの数字はサウンドトラックに収録されている曲番号です。♪マークは劇伴ではなく演奏曲として音楽が使われているシーン、もしくは練習中の音が入っているシーンです。最後の%の数字は、OP・EDを除いた20分40秒の動画時間の中で劇伴が鳴っている時間の割合です。現場ではちゃんとした専門用語があるとは思いますが、僕は知らないのでここでは劇伴充填率と表記しておきます。()内の数字は♪マークをさらに除いた場合の割合です。

 

EP01
00:33-01:46 track01
01:55-02:40 track02
02:59-03:25 ♪(暴れん坊将軍のテーマ)
03:26-04:56 OP
05:02-06:47 track03
07:19-09:11 track06
10:33-11:21 ♪(音出し・チューニング)
12:04-14:01 track12
14:49-16:25 track13
17:07-17:56 track19
18:30-19:41 ♪(地獄のオルフェ)
20:10-22:10 track11
22:10-23:40 ED

717s/1240s 57.8% (65.4%)

EP02
00:00-01:45 OP
01:52-03:00 track02
03:48-04:57 track04
05:57-08:03 track03
09:06-10:08 track14
10:42-12:19 track06
12:50-14:14 track12
14:54-16:37 track18
17:00-19:08 track10
20:21-22:10 track17
22:10-23:40 ED

846s/1240s 68.2%

EP08
00:09-01:45 track14
01:45-03:15 OP
07:08-08:58 track13
10:37-12:25 track27
13:06-15:20 track17
15:56-17:20 track18
18:41-21:11 track19
21:11-23:40 特殊ED

682s/1240s 55%

EP11
00:00-01:45 OP
02:25-03:16 ♪(部活動)
06:27-08:21 track22
10:17-11:30 track23
13:19-16:56 track29
17:30-18:16 ♪(香織オーディション)
18:49-19:47 ♪(麗奈オーディション)
20:48-22:10 track28
22:10-23:40 ED

486s/1240s 39.1% (44.7%)

 

マニアックになってきましたね。どうか逃げないでください、面白いのはここからです

まずは劇伴充填率についてですが、一般的なアニメ作品はおおむね50%前後に収まることが多いかと思われます。もちろんこれは作品のスタイルや、監督・音響監督のスタイルに大きく左右されます。高ければ良いというものでもないし、その逆も然りです。

例えばゆるキャンは驚異の75%。計測したのは1期第5話だけですが、その他の話数も総じて70%くらいはありそうです。一方で今期のブルーピリオド第1話は36%。さすがにここまで低くなるとよほど演出の工夫をしないと「音楽がサボってる」と認識されても仕方ない数字です。

それを踏まえるとユーフォ第1話、2話の65%以上というのはかなり高い数字です。ゆるキャンは特殊な音楽の使い方をしているからあれだけ高いのであって、ドラマ仕立てのシナリオとコンテの中でこれほどの充填率というのは、明らかに意識的に劇伴を多く使っていこうという姿勢が現れています。

 

そしてリストの中で太字にしてある部分、これは1曲を1分40秒以上使っている箇所です。まあ個人差はありますが、僕の場合だと1分40秒を超えると「ああ結構長く使ってるな」と感じます。これもゆるキャンのような特殊な例を除けば、1話の中に3つも4つも長く劇伴を使う作品は、そうそう見かけないのでは、と思います。戦闘シーンであるとか、演説シーンであるとか、一つの音楽的表情で長時間もたせられる場面は限られているからです。そしてユーフォにはそのどちらもない、ここらへんに秘密の鍵がありそうですね。

 

さらに赤太字にしてある箇所、これは長尺の中でも僕が個人的に芸術性が高いと思っている箇所です。

 

 

まずは第2話の17:00。部活動の方針を多数決で決めることになり、「まずい、どうしよう」という久美子のモノローグと同時に曲が始まります。この始まり方がまず完璧です。それだけでなく、多数決の後の滝先生の話に当惑する部員たちの様子を描いた後、さらに久美子たちがこの印象的な茶畑を歩くシーンまでずっと曲が続いています。その後友達と別れた久美子が一人ベンチで悶えているところに葵がやってくるところで音楽終了。

「大人はズルいよ」と言った久美子に対し、葵が「それを言ったらどっちにも手を挙げなかった久美子ちゃんの方がズルいんじゃない」と窘めた後、「きっと(みんな)そうするしかないんだよ」と一般論に移ったところで、コンテも他の部員たちの様子を描く方へ移っていく。ここで音楽が始まるのですが、これが葵と別れて翌日に久美子が麗奈に頑張って話しかけるシーンに移り、さらにその後滝先生の初指導が始まるところまで1曲で一気に描き切っているんですね。

 

この二つに共通するのは「複数にまたがる場面を同じ音楽でまとめている」ことです。普通はこれがなかなか難しい。やはりそれぞれのシーンにぴったりの音楽は微妙に違うもので、かと言ってそれぞれに個別につけてしまうとクドくなる。なので普通は片方を無音にしてどちらかにだけ音楽をつけることが多いわけですが、一つの音楽でまとめることが出来ればそれだけ大きな筋の感情線を構築できるので、1話全体の構成がより明瞭に堅固になるメリットもあります。

 

そしてもう一つ大事なのが丁寧なダビングです。

実写でもアニメでもどっちでもいいのですが、映画テレビシリーズの音楽の違いを、皆さんは何だと思いますか?

豪華な予算? 確かにそれもあります。まあ音楽というのは予算面でも時間面でも後回しにされがちなのは実写もアニメも変わりませんが、とはいえ映画となるとさすがに手を抜きすぎるわけにもいきませんので、大編成オーケストラをある程度の日数拘束して収録したり、珍しい楽器を沢山用意したりもできます。

しかしそれ以上に大きく違うのは、テレビシリーズの音楽というのは同じ曲を何度も繰り返し使うところにあります。映画は基本的には同じ曲が繰り返して使われることはほとんどありません。ある一つの場面のために明確な効果目的と尺の設定が決まった状態で曲が作られるからです。(もちろん全部が全部ではありませんが)

テレビシリーズでは監督・音響監督によるメニューに従って作曲家が曲を作っていきます。

 

 

これは『SHIROBAKO』の劇中で登場したメニューです。ここでは編成と雰囲気、テンポなどが指示されていますね。そして()で時間の指定もされていますが、90sや120sのような大まかな指示です。これは実際に作るときはこの数字ピッタリにするわけではなく、大体の目安です。中にはきっちり指定する場合もあるでしょうけれど、それは例外的な処置でしょう。

例えばこのメニューに従って2分5秒の曲が出来上がったとしましょうか。それがそのままあるシーンに当てはまればそれに越したことはありませんが、実際そんなことは滅多にないでしょう。仮に運良くピタっとハマったとして、じゃあ他の場面でまた同じ曲を使うときにまたハマるなんていう奇跡は起こり得ません。なのでコンテによって設定された尺に従って曲を編集する必要があるわけです。要は長くしたり短くしたりですね。(これがダビング作業、の一部)

 

実際、今回のユーフォのリストの中で原曲(サウンドトラックに収録されている曲)のまま使われている音楽は一つもありません。程度の差はありますが、全て編集されています。それほどまでにコンテと音楽を合わせることに細心の注意を払っているということなんです。

もしこれが気になる方はサウンドトラックと実際のアニメで使われている曲とを聴き比べてみてください。音楽の方に集中してよーく聴いてみると、案外きわどい編集をしている場合もあります。それはユーフォでもそうなんです。ですがほとんどの場合は不自然にならないように上手に編集されています。ここが音響監督の腕の見せ所なわけですね。(ただ実際の音楽編集作業は基本的には録音技師が担当する。ユーフォの場合は名倉靖技師)

しかしいくら音響監督や録音技師の腕が良くとも、音楽そのものが編集しづらい場合はお手上げ状態になることもあります。なので、そうならないように劇伴作家は最初から編集が入る想定で曲を作るわけです。どこか一部が抜け落ちても音楽として成立するように作るということです。具体的な例で言えば、ループ処理できる箇所をいくつか用意しておいたり、あまり急な転調や方向転換をしないようにする、などです。しかしそのことに気を遣いすぎるとループばっかりで展開のない単調な音楽になる危険性もあります。音楽としての豊かさを追求しつつ、編集の入る余地をできるだけ残しておく。これこそが優秀な劇伴作家の仕事と言えるでしょう。その点もユーフォの劇伴音楽の完成度は素晴らしいの一言に尽きます。

 

ちょっと話題がとっ散らかってきたのでここで一旦まとめます。つまりユーフォの劇伴の使い方の特徴としては、

・比較的長めに1曲を使う。場合によっては複数の場面を1曲で大きくまとめることで構成力を高めつつ、劇伴の音楽としての存在感を前面に打ち出していく
・まるで出来上がった音楽に対してコンテを切っているのだと錯覚してしまうくらい、コンマ秒以下の微妙な調整でコンテにきっちり合わせる(特に開始点と終点)

この2点が大きいと僕は思います。

 

さて他の赤太字の箇所も見ていきましょうか。

第8話の07:08。秀一からの突然のお誘いに困惑する久美子と、翌日の教室での3人組のシーン。ここで音楽室のカットに移ったときに音楽が一旦終わったかと見せかけてまだ続いている、というのが実に上手ですね。これもコンテとの合わせ方が見事です。

 

 

この話数の目玉はもちろんここ。この場面の尺と曲長はほぼ同じなので原曲のままでよさそうなところですが、それでも冒頭をわずかにループさせて編集を入れてます。僕の勝手な想像ではここは悩んだ一手だったのではないかと思いますね。やっぱり音楽は原曲のまま使えるならそれが一番良いに決まってるんです。しかしここのコンテはもうこれ以上削れる箇所がないので、音楽の方をわずかでも延ばすしかなかったのかなと想像します。曲の始まりを少し遅らせたり、終わりを少し早めたりするという選択肢は絶対に取らないという強い意志を感じますね。

 

第11話は充填率が他話数に比べるとかなり低めです。これはトランペットの演奏シーンが多くて劇伴が入れづらいというのは確かにありますが、Aパートは敢えて劇伴を少なくして、オーディション前の張り詰めた空気を演出しつつ、後半の大きな山場との対比を作る狙いがあったのだと僕は解釈しています。ではその後半には何があるのか。

 

 

13:19、オーディション直前の場面。①優子が香織のもとを離れ、駆け出すカットから音楽が始まり、②優子と夏記の場面、③部長と香織の場面、④久美子と麗奈の場面とを3分30秒以上も1曲で繋いでいく、これまで述べてきた劇伴編集の総決算のようなシークエンスです。ピアノのソロで始まる曲が香織に対する優子の切なさを表していて、「ああこれは優子の心情に曲をつけたのかな」と思いきやその後連綿と続いていく壮大な音楽の前振りでしかなかったという、シリーズ屈指の芸術的な劇伴編集だと思います。

しかもなんとこの原曲は2分20秒しかないんですね。つまり1分以上編集で延ばしていかないといけないわけです。このアニメを見た人でこの場面の音楽がそんなに編集で引き延ばされていることに気づいた人はおそらくほぼいないのではないでしょうか。僕でさえ今回この分析をするまで全く気がつきませんでした。見事なものです。一体どうやってそんなに引き延ばしているのか、それは是非皆さんの目で、いや耳で確かめてください。

しかもただ延ばすのではなく、②から③に移るところでテーマメロディーが始まり、③から④へ移るところでグロッケン(鉄琴)によるテーマメロディーが始まるという、その調整もすごいものです。

 

そしてオーディションが終わって、滝先生の「中世古さん、あなたがソロを吹きますか」から音楽が始まり、優子の回想と同時にユーフォのテーマが始まり、音楽のボリュームを少しずつ上げていって優子の嗚咽と共に音楽の最高潮を迎え、その後の麗奈の返事に繋がるという、ここも「これ以上の選択肢はないな」と思わせられるぐらい完璧な編集です。

 

DJ久美子

 

以上、ユーフォ第1期の劇伴音楽の使用法についての分析でした。いかがでしたか。

僕は個人的に今回の分析を通じてやっと発見できたことが沢山あって、改めてこの作品の底知れなさを思い知りました。

オーディオコメンタリーで鶴岡陽太音響監督は、

「これはもはや(一般的に言うところの)劇伴ではないですよね。劇をなぞるでもなく、シーンをなぞるでもなく、何を補強するでもなく、もっと全然離れたところ、客観的というか俯瞰的というか、見ている天の視点というか、そういうところから見た大きな流れを連綿と繋いでいくということを考えました」

と話していて、初めてそれを聞いたときは「ふーん」ぐらいにしか思ってなかったんですが、今回の分析を経て、少しでも鶴岡監督の見ている世界に近づけたのかなと思うと嬉しいですね。

 

今回は『響け!ユーフォニアム』の実にマニアックな側面しか取り上げなかったわけですが、この作品は他にももっと語りたいことが山ほど山ほどあるんですよ。それぐらい魅力の詰まった、僕にとっては魂の傑作です。

まだこの作品を見ていない人は、いや既に見た人も、これを機に是非見てみてください。PrimeVideoはこちらから