【カルテット祭り】ゴルトムント弦楽四重奏団 1/17@CdlM [9.0]

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2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。

【カルテット祭り】アルテミス弦楽四重奏団 1/16@CdlM [8.0]
2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。 今回のカルテットはアルテミス弦楽四重奏団(Artemis Quartet)です。1989年にドイツのリューベック音楽大学で結成。ベートーヴェンを中心と...

 

今回のカルテットはゴルトムント弦楽四重奏団Goldmund Quartet)です。2010年にミュンヘンで結成、2018年にメルボルン国際室内楽コンクール優勝、2019ー20の今シーズンは欧州コンサートホール機構(ECHO)のライジングスターに選ばれ、ヨーロッパ各地でのリサイタルが予定されています。2016年にハイドン、2018年にショスタコーヴィチのCDアルバムをリリースしています。現在日本音楽財団からストラディバリウスのカルテット一式を貸与されています。(公式HP

 

プログラム

 

1. ハイドン: 弦楽四重奏曲第79番
2. Dobrinka Tabakova (1980-): «The smile of the Flamboyant Wings» (2019) (国内初演)
3. メンデルスゾーン: 弦楽四重奏曲第6番

 

ハイドンの次に新作をやるプログラムは前回のアルテミスカルテットと同じですね。

ハイドンの冒頭から僕はかなりシビれました。めちゃくちゃ良いですね彼らは。このカルテットはとにかく隙がないです。これまでのカルテット評でもだいたい「この奏者が惜しいな」というのを言い続けてきたと思いますが、このカルテットは4人全員がいずれも素晴らしい。どのパートも良いので4人の音を聞き分けて味わうのが大変なくらいです。

そしてハイドンらしさという点でもまた素晴らしい。ハイドン後期の作品、特にこの70番台以降は室内楽的書法の熟練の結晶みたいなもので、楽譜のあちこちにアンサンブルを面白くしようという仕掛けが散りばめられているです。だからハイドンはすごいなと僕はいつも感心するのですが。その仕掛けを漏らすことなく拾い上げて、アンサンブルの立体感を楽しもうという意欲に満ち溢れ、またそれがちゃんと音になって表現されていて、これこそハイドン演奏の理想形だと断言できるほどです。前日のアルテミスカルテットのハイドンも相当良かったのですが、まあ同じ条件じゃないと比較のしようがないんですが、ちょっとこれは次元が違うなと感じましたね。

 

 

ハイドンが終わった後でチェロの人が英語で挨拶。以前にもコンクールか何かでこのホールで演奏したことがあるので、また来ることができて感慨深いというようなことを言っていました。そして次の新作はこのカルテットが初めて初演を依頼された作品ということで、我々にとっても非常に嬉しいし貴重な体験だ、とのこと。

Dobrinka Tabakovaはブルガリアの女性作曲家、ロンドンのキングスカレッジで作曲の博士号を修め、かつてはクセナキスにも師事。2013年の初リリースアルバムでグラミー賞にノミネート。昨年に2枚目のアルバムもリリースしています。

今回は約8分の作品。一定テンポで変拍子のシークエンスが繰り返されながらそれぞれの奏者に移っていき、その中で旋律を紡いでいくような作品。特殊奏法は一切なし、旋法風の音階しか使っていないので、音楽的性格としては劇伴っぽくもあります。

 

 

これは2008年のチェロコンチェルトですが、とても聴きやすいでしょう。もちろん音楽的にはだいぶ違いますが、作風としてはこれにかなり近いです。

さすがにそれだけではつまらないと思ったのか、後半でシークエンスが止まりゆったりと叙情的な音楽に変わったところで、いきなり増1増8のようなぶつける音(ドのナチュラルとドのシャープを同時に鳴らすみたいな)を使い始めたのですが、個人的にはこの使い方はいまいちでしたね(上の動画でも5:50以降でやってます)。やっぱり増1増8と言えばショスタコーヴィチで、ショスタコの使い方はとても上手で勉強になるんです。それと比べてしまうとイマイチだったと言わざるを得ないですね。

自分用メモ:増音程を英語でAugumentと呼ぶので、増1度はAugumented unison、A1と表記する。同様に減音程のことをdiminishと呼ぶので、減8度をd8と表記する。したがって「増1増8のような音程」は英語で “pitch interval like A1, A8” と訳す。

 

そしていよいよメインプログラム、メンデルスゾーンの6番です。これは亡くなる直前に書かれた最後のカルテット作品で、Wikipediaにある通り悲劇的な音楽になっています。

冒頭が印象的なフォルテピアノ・トレモロから始まりますが、ここから既に素晴らしい。この作品は対位法的な音の受け渡しが多いのですが、それらすべてがほぼ完璧と言っていいでしょうね。4人全員がちゃんと「自分の音」を主張しながら演奏しているのに、それが結果として一つにまとまっているというのがすごいです。全員がクレッシェンドで頂点に向かっていく様などは周りの空気も巻き込んでいるような一体感で、震えるような演奏でした。

第1楽章のコーダ(終結部)はとても熱量が高い楽想なんですが、ここのエネルギーはすさまじかったです。音そのものとしては潰れる寸前ぐらいまで圧力がかかってるはずなのに乱れることが一切ないんです。音程も音色も乱れない。これがすごい。この勢いと冷静さを同時に表現できるアンサンブルが一体世界にどれだけあるというんですかね。ここで拍手をこらえるのが大変なくらいの名演でした。

 

第2楽章からは早くも「あーこの演奏が終わってほしくねえなあ」と思いながら聴いていました。こんな気分になったのは本当に久しぶりです。聴いているときの圧倒的な充実感、どの音も、どのアンサンブルの瞬間も聴き逃したくない気持ちでいっぱいです。それほどに情報量の多い、濃密なアンサンブルでした。終楽章はリズムを保つのが難しいアンサンブルだと思いますが、実に気持ちいいくらいビシっと決まっていました。クライマックスの盛り上げ方も完璧で、とてつもない名演奏でした。

 

 

というわけで、「おそらく人生で、少なくともこのメンデルスゾーンの曲に関してこれ以上の名演を聴く可能性はほぼないだろう」という理由で、このブログ初の9.0評価です。とにかく本当に優れたカルテットです。僕は全然彼らの存在を知りませんでしたし、おそらく世界的にもまだそこまで知られているカルテットではないはずです。とはいえ冒頭で紹介した通りライジングスターにも選ばれていますし、今後どんどん活躍していくでしょうね。こういうのを聴き逃したくないからコンサートっていうのは通い続けなきゃいけないんですよね。

 

最後にナクソスによる彼らのインタビューを紹介しておきましょう。イケメン揃いでビジュアル的にも最高ですよ。ヴィオラが特に好みです

 

 

次はこちら。

【カルテット祭り】ダネル弦楽四重奏団 1/17@CdlM [8.0]
2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。 今回のカルテットはダネル弦楽四重奏団(Quatuor Danel)です。1991年にベルギーで結成、93年にショスタコーヴィチ国際弦楽四重奏コンクール...