Ligeti concertos -Ensemble intercontemporain 5/10@PdP [7.5]

スポンサーリンク

5月10日、フィルハーモニー・ドゥ・パリで行われた、「リゲティのコンチェルト祭り」に行ってきました。演奏はアンサンブル・アンテルコンタンポラン、ソリストもメンバーが務めていました。

リゲティはハンガリーの作曲家で、「ダルムシュタット組」の一人でブーレーズらと並んで最も有名な現代作曲家です。概要はWikipediaをご覧ください

 

 

プログラム

 

1. 『ピアノ協奏曲』 (1988)

リゲティらしい無窮動のリズミカルな始まり。楽譜は8分の12で書かれているのですが、アクセントが2、3のランダムな区切りでつけられているので、変拍子に聞こえます。これを専門用語でAksak(アクサク)といいます。ジャズでよく使われるリズム法ですね。

編成は見た目普通の室内オーケストラなのですが、クラリネットにオカリナ持ち替えがあります。打楽器もホイッスルやハーモニカなどがあって、いやー今時の打楽器奏者というのは何でも屋ですね。これは後でも話しますが、さすがアンテルコンタンポランというべきか、打楽器のレベルは凄まじく高かったです。特にシロフォンやグロッケンのような鍵盤打楽器が文句のつけようがなく素晴らしかったですね。

ピアノはよく弾けてはいたと思いますが、全体的にもっと率先してリズムを引っ張ってほしかったですね。いわゆるノったような響きが少なくて残念でした。まあ僕の席が悪かったせいもあると思いますが。

 

 

 

2. 『ハンブルグ協奏曲』(1999、改作2003)

リゲティ最後の作品。ホルン協奏曲です。プログラムに載っていた作曲者の言葉を少し紹介しましょう。(翻訳信頼度:低)

 

数年前からすでに、私は半音階主義と平均律から離れていた。これは西洋音楽の歴史で数世紀前から、とりわけ半音階主義については『トリスタン』以後、使われ続けてきた。現在私の方向性に賛同する作曲家は複数いて、中には調性や旋法へと回帰している者もいる。

半音階主義にうんざりした私は、西洋音楽の調性とは違った形のハーモニーの繋がりを求めて、「調整していない(自然な)」ある種の全音階法の研究を始めた。音高の新たなシステムを生み出す上でナチュラルホルンは理想的だ。

 

この作品のオーケストラのホルン4本はいずれもナチュラルホルンが使われ、ソリストもダブルホルンとナチュラルホルンの持ち替えで演奏します。ナチュラルホルンは原始的なホルンのことで、管ごとの自然倍音しか出せないので、一部の音以外は平均律とはズレた音の高さになるわけです。それを利用して新たなハーモニーを生み出そうとしたとリゲティは言ってるんですね。

冒頭からいきなりホルンセクションのアンサンブルで始まるのですが、これが理想とする響きなのか、それとも演奏に問題がある響きなのか、判断がつきかねるというのが正直な感想でした。もちろんこのやり方でしか生まれ得ない響きだというのは理解できますが、これが音楽的に面白いと言えるのかというと、僕にはまだ判断を保留することしかできません。

途中の楽章では面白いアンサンブルの箇所もあったのですが、カデンツァは退屈でした。弦セクションと打楽器の絡みはよく出来てたと思うんですけどね。

 

 

写真の角度でわかるとおりステージ向かって右横の席で聴いてたのですが、このエリアはかつてないほどの民度の低さでした。席を立ってうろちょろするばあさん、スマートフォンをいじり続けるあんちゃん、学校から強制的に連れてこられた雰囲気の中学生たちは喋ってるか寝てるか。よりどりみどりです。実際1曲目が終わると「クソガキどもいい加減にしやがれ! おい係員、こいつらつまみ出せ!」「てめー演奏中にスマートフォンいじってんじゃねえ!」と怒号が飛び交ってました。パリなんてこんなもんですよ

 

さすがにこんな場所にはいられないので休憩後は場所を移りました。まあ最初から移動する予定ではありましたけどね。

 

3. 『チェロ協奏曲』 (1966)

今回の中では年代が早い作品ですね。持続音主体のゆっくりとした作品。後半に入って動きが出てきますが、アンサンブルの作りにはリゲティ晩年の魅力みたいなものはまだ見られないです。ソリストの彼はもう何度も目にしているお馴染みの人で、演奏はなかなか良かったです。ただ僕が一番気に入ってるチェリストはリーム祭りのときに紹介したあの人で、是非とも彼にやってほしかったところですね。写真にも写ってる、オケのチェロの彼です。

 

 

 

4. 『ヴァイオリン協奏曲』 (1992)

トリは今回の目玉。リゲティの中で僕が一番好きな作品です。おそらく一般的にもこれをリゲティの最高傑作に推す人は多いんじゃないでしょうか。

バルトークを彷彿とさせるハンガリー民謡特有の音階を用いた、リゲティ作品の中では珍しく調性的な響きが多い、いわゆる「聴きやすい」作品だと思います。しかし楽器法は複雑で、まさにリゲティの研究の総決算のような感じです。

まずフルート以外の木管楽器が『ピアノ協奏曲』でも登場したオカリナ持ち替えです。そしてオケのヴァイオリン一人とヴィオラ一人が調弦を少し変えてます。これをスコルダトゥーラと呼びます。以前マーラーの4番の紹介をしたときにも書いたヴァイオリンの持ち替え、あれもスコルダトゥーラの一種です。

 

生演奏で聴いたのはこれが初めてでしたが、いやーやはり名曲だなと思いました。演奏も指揮も非常に難しいので、日本で聴く機会はほとんどないでしょうね。僕にとってもこれが最初で最後になるかもしれません。

ソリストの彼女もまたお馴染みの人なのですが、いつ聴いてもサラリーマンのような演奏で僕はあまり好きになれない人なんです。つまり、きちんと楽譜通りに弾いてるのは明らかにわかるのですが、内側から何かを表現してやろうという意思がほとんど見られないタイプということです。まあ現代作品だったらこういう演奏家をむしろ求めている作曲家も多いでしょうから、それはそれで結構なことだと思いますが、僕の考え・思想はそれとは反対ですし、特にこういうリゲティの作品をやるときにそのタイプの演奏は相応しくないと断言できます。

もちろん技術力は確かですから、その点は素晴らしいです。最後のカデンツァは良かったですし。しかしそれ以上に、先述した通り打楽器の二人がとにかく素晴らしかった。これ本来は明らかに二人でやるものではないはずで、かなり忙しなく動いているし担当する楽器の量は半端ないのですが、どの楽器も理想的な響きを作ってて感嘆するばかりでした。

 

 

 

今回紹介した作品は全てYoutubeで聴くことができます。「Ligeti concerto」で検索すると全て出てきます。

一応ヴァイオリン協奏曲の動画を二つ紹介しておきます。一つは映像つき、一つは楽譜を見ながら聴くタイプです。まあ見た目には映像つきの方が楽しいですが、あまり録音(音質ではなく録り方)が良くありません。音だけなら演奏のレベルも含めて楽譜の動画の方が良いです。お好きな方をどうぞ聴いてみてください。

冒頭のヴァイオリンソロに加わる音がスコルダトゥーラの楽器です。微妙にズレた音を味わってみてください。ちなみに映像つきの方は打楽器6人です。これを2人でやるのが狂気だというのがよくわかるでしょう。

 

György Ligeti – Violin Concerto (1993)

 

György Ligeti – Violin Concerto [w/ score]

 

それと日本人ピアニストの福間洸太朗さんがピアノ協奏曲の解説をしている動画がありました。英語で話していますが、日本語字幕がついています。興味があればこちらもどうぞ。とてもわかりやすいですし勉強になります。

 

Kotaro Fukuma on Ligeti's Piano Concerto