【カルテット祭り】ダネル弦楽四重奏団 1/17@CdlM [8.0]

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2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。

【カルテット祭り】ゴルトムント弦楽四重奏団 1/17@CdlM [9.0]
2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。 今回のカルテットはゴルトムント弦楽四重奏団(Goldmund Quartet)です。2010年にミュンヘンで結成、2018年にメルボルン国際室内楽コン...

 

今回のカルテットはダネル弦楽四重奏団Quatuor Danel)です。1991年にベルギーで結成、93年にショスタコーヴィチ国際弦楽四重奏コンクールで優勝し、以来数多くの国際舞台で活躍。2019年から2021年まで、ロンドンのウィグモアホールのレジデンスアーティストに指名され、ショスタコーヴィチとヴァインベルクの全曲演奏をする予定になっています。(公式HP

2005年に初めて札幌でコンサートを行って以来何度も札幌に来ていたので、僕はほぼその全てを聴きに行っていました。そのあたりは去年のコンサート記事で書いているのでご覧ください。

ダネル弦楽四重奏団 ヴァインベルク全曲演奏会第2夜 2/5@CdlM [8.5]
2月5日、シテ・ドゥ・ラ・ミュージックのダネル弦楽四重奏団「5夜連続ヴァインベルク祭り」の2日目コンサートへ行ってきました。これは5日間かけてヴァインベルク作曲の弦楽四重奏曲全17作品を演奏するという非常に珍しい企画で、(多分)現在世界で唯...

 

プログラム

 

1. Pascal Dusapin (1955-): 弦楽四重奏曲第4番 (1997)
2. ショスタコーヴィチ: 弦楽四重奏曲第8番
3. ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第14番

 

僕からすれば満を持しての登場という感じです。ダネルカルテットは鉄板中の鉄板ですから、演奏の質については何の心配もありません。ただただ楽しむことにしましょう。

最初はフランスの作曲家デュサパンの作品。日本語版Wikipediaに記事があったので、詳細を知りたい方はそちらを。前のカルテット祭りでも登場したアルディッティカルテットがこの作品を演奏している動画があったので紹介しておきましょう。

 

 

ダネルカルテットが現代作品を弾くのを聴くのはこれが初めてだったので大丈夫かなと思ったのですが、聴いての通り特殊奏法はほぼないので、技術的には何ら問題ないでしょう。作品に対する感想としては、トリル音形主体で限定的な書法ながらうまく構成している点はさすがだなと思うのですが、室内楽的な面白みには欠けるなと思います。中間部のヴァイオリンソロが始まる前あたり、スルポン(駒の近くで弾いて金属的な響きを出す奏法)の音色を活かしたハーモニーなんかは面白いのですが、これはどちらかと言うとオーケストラ的な発想で、これに加えて奏者間のやり取りが生まれるようなもう一工夫があればなあ、という感じです。演奏そのものは良かったです。

 

 

そして次にショスタコの8番。こちらも9番に引けをとらないくらいの名曲だと思います。是非聴いてみてください。いわゆるショスタコ音形を使った作品です。Wikipediaに解説があるのでそちらを見ればすぐわかりますが、ショスタコの名前からとったDSCHというアルファベットをドレミの音名に読み替えて、それをテーマに使っています。この手のアイデアはバッハ音形(BACH)が一番有名で、いろんな作曲家がそれを使って作曲しています。これも9番と同様、全楽章がアタッカで繋がっています。

 

 

ちなみに前回の記事で書いた増1のぶつける音というのが、この動画の17:40あたりから始まる一連のシークエンスで使われています。ここでは調を変えながら同じ対旋律で何度も繰り返されるので、最初に登場したときは少しギョッとするのが、繰り返されるたびにその衝突がむしろ期待に変わっていく、聴いてる側が次にどういうふうなぶつかり方をするのかがだんだんとわかってくるので、不協和感が薄れていくという仕掛けになっているわけですね。こういう流れる時間の中での仕掛けこそが「作曲」の醍醐味だと僕は思ってます。

 

さて実際の演奏ですが、いやーもうなんというか、ショスタコはダネルと相性が良すぎますね。ショスタコのカルテットの魅力を限界まで引き出す演奏をしているんですよね。ちょっと前の記事で紹介したオイストラフカルテットも全然悪くないというか、一般的なカルテットに比べればかなり良い演奏だったんですが、一度ダネルのショスタコを聴いてしまうとあまりの格の違いで他のカルテットのショスタコがつまらなく聴こえてしまうんです。それぐらい圧倒的な音楽的密度があります。

ダネルカルテットの演奏スタイルは冒頭で紹介したヴァインベルクの記事でも書いているので繰り返しませんが、ショスタコに関してはリーダーが引っ張っていくだけでは不十分で、各奏者がそれぞれ独立した仕事をこなさないといけません。ダネルは多彩な音色による演じ分けというのを4人全員がしっかりと心得ているので、音楽がすごく豊かになっていくわけです。

第2楽章はまさに「熱量」のパートで、リーダーは言うまでもなく完璧でしたが、他の奏者もみんな素晴らしかった。伴奏音形が続く箇所はどうしてもダレがちになるものなんですが、彼らはリズムやアクセントの追求がすごく厳しいので、高い緊張度をずっと保っていられるんです。これが並大抵ではない。

第3楽章は「諧謔性」、チェロとヴィオラがワルツ音形を担当するのですが、こんな単純な箇所でさえダネルは全然違う。どうやればショスタコらしい諧謔性が表現できるのかを研究しつくしているのでしょうね。微妙なリズムの歪みや音色の変化でいびつなパロディー感を見事に演出しています。

第4楽章冒頭はファースト以外が強烈なアクセントでハーモニーを弾きますが、ここの調整の仕方もすごい。どうすればこのハーモニーが一番面白く響くか、実によく考えられていて、強烈な音の背景に計算高さが見え隠れしていてとても印象的な響きになっていました。

とまあ、一つ一つ挙げていったらキリがないくらい工夫の塊のような演奏をしてくれました。もしこの演奏にオーディオコメンタリーでもつけようもんなら僕はしゃべりっぱなしで音楽が一切聞こえないくらいになってしまいますよ。圧倒的な演奏でした。

 

 

休憩明けはベートーヴェンの14番。僕がベートーヴェンのカルテットで一番好きな作品ですが、最近はやっぱり7番もかなり良いよなあと思い始めて、以前ほど圧倒的に一番、という感じではありません。

こちらの方は残念ながらと言いますか、ショスタコのような圧倒的な密度の演奏ではなかったですね。これは音楽の性質によるものということではなく、アンサンブルの精度として少し落ちるのは否めません。

この作品が素晴らしいのは「解放感」だと思うんですよね。ベートーヴェンの晩年作品特有の、「穏やかな輝きの中に浸る」ような楽想ではなく、動きのある自由さ、親しみやすい主題、意外性を散りばめた進行などで終始彩られているその「愉しい解放感」こそがこの作品の肝だと僕は思っています。それにふさわしい音というのはショスタコのものとは全然違うので、その追求がまだ不十分に感じられました。5楽章のアンサンブルの正確さなんかは見事だったんですけどね。

 

 

演奏が終わってアンコールかと思いきや、司会の人が出てきて挨拶を始めました。そしてステージに招き入れたのはCLACという楽器製作集団です。

 

 

実はこのカルテット祭りに並行して、このホールのロビーの一角でチェロの製作風景を公開していたんですね。実際に作業環境をそこにこしらえて、公開で製作していくというプロジェクトです。

 

 

こんな感じですね。これはもうチェロが完成してしまって道具類などが片付けられてしまってますが、前日まではもっと雑然とした感じでした。その様子を撮っておくべきでしたね、すっかり忘れていました。

 

 

これがその完成したチェロです。これは18世紀初頭のヴェネツィアのチェロマッテオ・ゴフリラーを再現したものらしいです。あのカザルスも愛用していた名器です。

 

 

そしてその完成したチェロを加えて、5人でシューベルトのクインテットの緩徐楽章をアンコールで演奏しました。これだと見辛いですが、一個前の写真と同様、チェロは(おそらく)ニスが塗られていない白木のままです。弦楽器というのはニスが非常に重要で、ストラディバリウスの音を再現できないのもそのニスの製法がわかっていないのが原因の一つだと聞いたことがあります。果たしてこんな状態で良い音が鳴るのかなと思ったんですが、思った以上にしっかりとした音でした。低音の響きが少し弱いなという以外はなかなか悪くない音でしたよ。まあこの演奏一回だけで判断できるものじゃないですけどね。

 

 

やはりダネルカルテットは大人気で、最後はスタンディングオベーションでした。相変わらず期待に違わない名演奏でしたよ。今度はもっとショスタコを、できれば9番がまた聴きたいですねー。またパリにやってきてくれることを心から祈っています。

 

次はこちら。

【カルテット祭り】ハーゲン弦楽四重奏団 1/19@CdlM [6.0] &総評
2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。 長かったカルテット祭りもこれが最後のコンサートです。トリを飾るカルテットはハーゲン弦楽四重奏団(Hagen Quartett)です。1981年にザルツ...