2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。
長かったカルテット祭りもこれが最後のコンサートです。トリを飾るカルテットはハーゲン弦楽四重奏団(Hagen Quartett)です。1981年にザルツブルグでモーツァルテウム管弦楽団のヴィオラ奏者の子供4人兄弟で結成するという大変ユニークなカルテットですが、87年にセカンドを務めていた長女が入れ替わって現在に至っています。日本語版Wikipediaの記事もあったので興味のある方はそちらをどうぞ。
1. ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第16番
2. バルトーク: 弦楽四重奏曲第3番
3. シューマン: ピアノ五重奏曲
まずはベートーヴェン最後のカルテット曲。4楽章構成で奇を衒わない原点回帰的な作品です。なのでファーストが引っ張っていく古典的なスタイルで書かれているのですが、んーそれにふさわしいようなファーストのリーダーシップではなかったですね。というか、これまでに登場してきたカルテットに比べると、あまりこれといった特徴がない演奏です。強いて言うならチェロは悪くないかなと思いますが、特に内声2人がアンサンブルに消極的で骨がスカスカと言いますか、カルテットの面白さを感じない演奏でした、全体的に。
第1楽章では細かいところにアンサンブルの立体感を生み出す書法が見られるのですが、それをあまり活かしきれていなかったですね。第2楽章のスケルツォもリズムが面白いはずなんですが、それもリズム点が流れてしまって精度の高いアンサンブルとは言い難い感じでした。
続いてバルトークの3番。バルトークの作品の中でもカルテット曲はどれもかなり実験室的な色合いが濃くて、構成にしてもハーモニーにしても晦渋な表現が多いです。正直僕としてもカルテット作品としての評価というのは未だに決めかねているという感じです。楽譜付きの動画を紹介しておきましょう。アタッカでつながれた2楽章構成で約15分です。
聴いてわかるとおり特に2楽章は個々の技術でもアンサンブルでもかなり難易度が高いです。これもショスタコと同様ただ弾くだけじゃ何の意味もないですから、めまぐるしく変わっていくアンサンブルの表情を余裕のある技術で弾きこなさないといけません。
実際の演奏は、その理想にはほど遠いような感じでしたね。弾くので精一杯という感じでバルトーク特有のリズムの鋭さと力強さを十分に表現するには全然至っていません。先述した通りチェロは割と頑張っていたのですが、一人だけでどうにかなるものではないですからね。まあ実力通りの演奏ということなのでしょう。
こんな感じで真横の席だったので移ろうかなとも思ったんですが、最後のコンサートだからか客席はほとんど埋まっていたし、まあこれくらいのカルテットなら別にいいかと思って後半もここに留まっていました。
さて後半は一味変えて、ピアノを加えてクインテットの演奏です。シューマンのピアノクインテットは、超名曲です。僕にとってはピアノクインテットの中で一番好きなのはもちろん、あらゆる室内楽曲の中でも相当上位に来るくらい、めちゃくちゃ好きな曲です。この作品なにがすごいかというと、全楽章どれも面白いんですよね。古典的な4楽章の作品だったら大抵の曲は「捨て楽章」とまでは言いませんが、まあそれほど面白くはない楽章が混じってるのが当たり前なんですが、この作品はどの楽章も目玉級に面白いんです。実際このときもシューマン目当てで来たというのがかなり大きいです。
ピアノアルゲリッチ、チェロマイスキーの映像を紹介しておきましょう。これも決して僕好みの演奏というわけではない(特に2楽章なんかはここまで重くしたくない)んですが、ピアノとチェロはさすがなのでまあいいでしょう。
今回加わったピアノはKirill Gerstein、日本語版Wikipediaにある通り、ジャズからクラシックへ転身したとても珍しいピアニストです。彼がかなり良かったですね。この曲のピアノはやはり骨太で安定感のある音がまず欲しいところですが、とても充実した弾きぶりで、出だしからかなり安心できる演奏でした。第1主題が終わった後の推移部が結構あっさりめに弾いてたのでそこは少し残念ですが、それでも緩急のつけ方なんかはとても美しいし、弱い音の音色が素晴らしかったです。
その後もピアノが全体をうまく支えていました。面白かったのは第3楽章スケルツォの第1トリオで、ペダルをあまり使わずにさらりさらりと弾いてたところですね。そんなやり方があったのかと驚いたのですが、しかし結果としては見事な表現になっていましたね。一応楽譜は置いてありましたがほぼめくっていなかったです。歌う箇所では本人の歌声もわずかに聞こえるような感じで、そういうところも好きでした。
「これはピアノにかなり救われたな」という感じの終わり方でした。まあひょっとしたらカルテットは本調子ではなかったのかもしれませんが、それほど地力を感じさせるような演奏ではなかったなというのが正直なところですね。
というわけで、これでカルテット祭りが全て終わりました。全19グループのうち9つを聴いた(本当はファインアーツカルテットの前に1つあったのがキャンセルになった。ちくしょう)ので、半分以上聴けば十分でしょう。この1週間だけで一般の人が生涯で聴くカルテットの何倍聴いたんだろうかというぐらいですね。
さて総評ですが、もちろん最優秀カルテットは言うまでもなくゴルトムント弦楽四重奏団ですね。彼らに出会えただけで十分お釣りが来るくらい素晴らしいイベントでしたよ。いつか日本にも来てほしいですね。僕がコンサートホールの企画担当だったら間違いなく今のうちにツバつけておきますけどね。絶対に今後売れますよ。
楽しい1週間でした。連日聴き続けるのは結構大変だったんですが、終わってみればさみしいものですね。もし次回のカルテットビエンナーレのときにまだパリにいれば必ず来ようと思います。