3月11日、フィルハーモニー・ドゥ・パリで行われた、ラジオ・フランス・フィルのコンサートに行ってきました。
当初はユーリ・テミルカーノフというロシアの大御所指揮者が振る予定だったのですが、健康上の理由で来られなくなってしまいました。代役を務めたのはミヒャエル・ザンデルリング、ドレスデン・フィルの首席指揮者です。
1. ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲
2. マーラー: 交響曲第4番
まずはベートーヴェンのコンチェルト。ベートーヴェン唯一のヴァイオリン協奏曲で、僕が全てのコンチェルトの中でも最も好きな作品です。僕自身大学時代に発表会で弾いたこともあるので、そういう思い入れの強さもあるでしょう。
ソリストはギル・シャハム、アメリカ生まれのイスラエル人です。Youtubeにたくさん彼の映像がありますが、リハーサル風景を撮った珍しい動画があったので紹介します。これはブラームスのコンチェルトの冒頭で、これも非常に名曲です。
見てもらえれば分かる通り、実に楽しそうにサラリサラリと弾く人なんですよね。そういうプレイヤーは大好きなんですが、この映像でも終始指揮者の方を向いて弾いたりしていますが、リハーサルだからとかではなく本番でもこんな感じなんです。お客さんの方を向いている時間の方が圧倒的に少ないんですよね。そういうスタイルでも構わないんですが、細かいところまで聞きたいパッセージが明瞭に聞こえない瞬間が結構あったりしたので、「聞かせよう」という意識がもう少し欲しかったなというのが正直なところ。前の方で聴いてたらまた違ったのかもしれませんが。
まず最初の印象としては「速い!」というもの。録音や生演奏含めてこの曲をこんなに速いテンポで聴いたことは未だかつてないですが、これは案外良かったです。オーケストラの弦のレベルが高いのでよりダイナミックな響きになっていますし、ソリストの演奏スタイルにも合致しています。
冒頭のヴァイオリンソロが始まるまで3分近くかかるのですが、ここに至るまでがすごく良いんですこの曲。彼も実に楽しそうにオケの演奏を聴きながら待っていました。ソリストとしてそこに立ってあれを聴いているときの高揚感、一度味わってみたいものですね。
ソリストの技術については全く文句ないレベルなのですが、先ほど申した通り終始内向きな感じで弾いているので、そこが残念。この曲は後の時代のコンチェルトのような華々しい技巧性に満ちているわけではなく、むしろ地味と言うか、少なくともソリストの技巧を見せびらかすようなタイプとは真逆なのです。しかしだからと言って演奏そのものを地味にしてしまってはいけないんです。あくまでもコンチェルトらしく、豊かな表現と正確なパッセージが両方揃ってないといけません。なので他の曲にも増して演出力と構成力がソリストに求められる作品と言えるでしょう。
さて華やかな技巧性がまったくないのかと言えばそんなことはありません。それがカデンツァですね。この曲に限らずカデンツァは本来はまったく自由に弾いていいものなのですが、今回彼が弾いたのはベートーヴェンより100年以上後にクライスラーという名ヴァイオリニスト兼作曲家が作ったもので、この作品のカデンツァで最もよく使われているものでしょう。
映像があったので紹介します。小澤征爾指揮ベルリンフィル、アンネ=ゾフィー・ムターの演奏です。コンサートマスターに安永徹さんもいます。演奏開始が3:00、カデンツァの始まりが25:00からです。
どうですかこのカデンツァ。僕もかつてこれを弾いたのですが、本当にゲロ難なんですよ。聴いてる雰囲気以上に演奏は難しいです。いくら練習しても一向に弾けるようにならない嫌な思い出は忘れることができません。まあこういうのがサラリと弾けるようじゃないとプロにはなれんって話です。
それはさておき、カデンツァの終りでオケのピチカートが加わるのですが、ここの表現は抜群に素晴らしかったです。まるで今までのが長い夢で、ようやく目が覚めて光が差し込んでくるような、そんな理想的な音のふくらみでしたね。後のマーラーでもそうでしたが、このオケはピアニッシモの表現が非常に優れていますね。冒頭で書いたとおり指揮者が急遽変更になったわけですが、代役が彼で良かったなあとしみじみ思いました。
ちなみに今回のがどれぐらいテンポが速かったかと言うと、この映像では第1楽章が27分でほぼ標準の速さですが、おそらく23分以下に収まるくらいです。だいぶ違いますね。
そんな感じで、大満足とはいきませんが良い演奏でした。彼の演奏で別なコンチェルトを今度は聴いてみたいですね。
さて続いてマーラー4番。作品概略はいつも通りWikipediaで。
クリスマスのような鈴の音で印象的に始まります。これが最終楽章で回帰する伏線にもなっています。
聴いてて一番印象的だったのはホルンです。ここ最近で聴いた中では最高のホルンでした。普段そこまでホルンに目がいくことはないんですが、さすがマーラー作品でホルンが目立つとはいえ実に美しかったですね。演奏終りで指揮者がホルンを真っ先に立たせていましたが、まあ当然ですね。ブラボーもたくさん飛んでいました。
2楽章ではコンサートマスターのヴァイオリン持ち替えがあります。Wikiにも書かれている通り調弦の違うヴァイオリンを使うので持ち替え用の楽器を用意しておくわけですね。ヴァイオリンソロも見事な演奏でした。
4楽章はソプラノ独唱。歌詞はマーラーが歌曲集にも採用している『少年の魔法の角笛』です。ソプラノは澄んだ声で悪くなかったのですが、やや力強さに欠ける印象。オーケストラの多彩な演出に対して十分な豊かさの歌ではなかったと思います。
全体的なレベルは高い演奏でした。特にピアニッシモの表現、「音の情報量を保ったまま音量だけ小さくする」というのは演奏家に常につきまとう難題の一つですが、それが実に見事でした。ミヒャエル・ザンデルリングという指揮者、今後は注目していきたいですね。
最後にマーラーの映像も紹介しておきましょう。マーラー演奏ではおなじみのアバド&ルツェルン祝祭管弦楽団です。こちらの終楽章のソプラノは素晴らしいです。