2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。
今回のカルテットはアルテミス弦楽四重奏団(Artemis Quartet)です。1989年にドイツのリューベック音楽大学で結成。ベートーヴェンを中心としたCDを数多くリリースしていると同時に、現代作品への取り組みも積極的に行っています。2019年のシーズンからはメンバーを2人入れ替えて、設立当初のメンバーから全て刷新された形になりました。2012年から参加したVineta Sareikaと、2019年から参加したSuyoen Kimの2人のヴァイオリンは、どちらがファーストかを決めることなくプログラムによって交代する、オルタネイティング・ヴァイオリンのカルテットです。
1. ハイドン: 弦楽四重奏曲第32番
2. Jörg Widmann (1973-): «Beethoven-Studie II» (2019) (国内初演)
3. ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第13番『大フーガ付き』
この日は学校の授業が終わってから急いで向かったのですが、ストライキで相変わらず思うように移動できなくて結局遅れてしまいました。でもなんとかハイドンの途中から入場できました。
途中入場だったので本来の予約座席ではなく適当に案内されたらこんな面白い場所になってしまいました。まあたまには良いでしょう。
しかしこの真後ろの席から聴いても彼らの演奏はよくわかります。一言で言えば誠実なカルテットですね。楽譜の細かい部分まで綿密に打ち合わせて、隙のない演奏を作り上げようという姿勢がありありと伝わってきます。そしてチェロ以外の奏者は椅子を使わず立って演奏しています。ホールコンサートでカルテットが立ち演奏するのはかなり珍しいのですが、これが彼らのスタイルによく合ってます。奏者全員が体の向きを細かく変えたり動いたりしながらアンサンブルしているので、この方が密なやりとりが出来るのでしょう。かなり僕好みの演奏スタイルです。
このときはSuyoen Kimがファーストで演奏していましたが、素晴らしい弾きっぷりでしたね。ハイドン特有の軽やかさを余裕のあるテクニックで正確に弾きこなしていて、文句のつけようがありません。そして他のメンバーもその彼女に見劣りしない演奏をしているので、これだけで相当レベルの高いカルテットだなというのがわかります。終楽章のフーガもポリフォニックなアンサンブルがうまくまとまってて良かったです。
この次は新曲なのでさすがに正面に移りました。この日はお客さんがそれほど埋まってなかったので3階席はガラガラでした。
ドイツの作曲家でありクラリネット奏者でもあるJörg Widmannはミュンヘンで音楽を学んだ後ニューヨークのジュリアード音楽院へ。その後ドイツへ戻ってからは作曲をヘンツェやリームなどに師事。その後はクラリネット奏者としても作曲家としても数々の賞を受賞しています。英語版Wikipediaに「2018年に世界で3番目に多く演奏された現代作曲家」と書かれているんですが本当なんですかね。というかこの統計がどこで見られるのか気になります。誰か教えてくれー。
彼はカルテットを好んで作曲していて、これまでにもアルディッティカルテットやこのアルテミスカルテットのために新作を書き下ろしています。今回の作品はフランス初演とはいえ、世界初演がケルンで行われたのがこの前日(1月15日)なので、実質これも世界初演みたいなものです。
バイオリンの激しいピチカートとそれ以外の奏者の激しいトレモロで始まると、その後は突然古典風の音楽に切り替わります。その後、合間合間でハーモニーを崩すような音を挿入したり突然現代風な響きを混ぜたりしながらも、土台としては古典的な構成と和声で進んでいく作品でした。これがタイトルの「ベートーヴェンスタディー」という意味なんでしょうね。普通こういうスタイルだとパロディー風な作風になりがちなのですが、この作品はパロディーっぽさが一切なく、「生真面目な感じ」と言いますかね、古典風の楽想の印象を崩すことなく現代的な響きを混ぜようとしてるような意思を感じました。「面白い!」とまでは思わなかったんですが、興味深いのは確かです。他に聴いたことがないような構成と響きでしたからね。おそらくソナタ形式で書かれていると思われます。
2楽章構成でその次の楽章は混ぜる比率をもっと現代よりに増やした感じ。後半で全員が同じ音形で演奏するコラール風の楽想になったのですが、ここの部分があまり面白くなかったですね。あまり変なことをせず調性的なコラールが終始続くだけだったので、あまり作曲者の意図がわかりませんでした。演奏そのものは良かったです。
休憩明け、本日のメインはベートーヴェンの13番。今回はいわゆる初演版というやつで、終楽章がそのまま大フーガになっているものです。詳しくはWikipediaをご覧ください。
この曲でファーストとセカンドを交代しました。始まる前は「あー交代しちゃうのか。あのファースト好きだったんだけどな」と思ったんですが、交代したファーストのVineta Sareikaも素晴らしい演奏を披露してくれました。さすがオルタネイティングカルテットといったところでしょうか。器用さという点では先ほどまでのSuyoen Kimの方が上手かなという気もするのですが、沈痛な表情の音や深い熱情を持つ音などがとても魅力的な奏者だなと感じました。
そしてついに大フーガへ。これは曲そのものが難解なだけでなく演奏も難しいのですが、ここにきてこのカルテットの本領発揮を見たような感じでしたね。フーガの演奏はアンサンブルの役割が瞬時にどんどん入れ替わっていくのが難しいのですが、それを俊敏にこなし、熱量を維持しながらも正確性を失わないような冷静さも見える演奏でした。
かなり良い演奏だったんですが、ちょっともったいなかったのはチェロなんですよね。それまでは良い演奏だったんですが、この大フーガになると単純な音量でも演奏の熱量としても他の奏者に負けてしまっていたので、全体的に低音が薄くなってしまったのが残念です。まあこれはホールの性質もあるでしょうけど、演奏というのは常にそれを考慮しなきゃいけないものですから、本当難しいんですよね。
これまでの写真でもヒントが出ていましたが、この日も先週と同じく、舞台照明なしで演奏していました。なので譜面台にライトを設置して演奏してたわけですね。それもあって理想的な環境ではなかったかもしれませんが、素晴らしい演奏でした。やっぱり緻密な音楽作りというのは胸を打つなあと改めて思いました。メンバーを入れ替えてもこれまでの名声を失うどころか、さらに向上させてくれることでしょう。また聴ける機会を楽しみにしています。
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