【凪あす10周年企画②】完璧な出来の第1話を味わい尽くす

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OP明けて自己紹介のシーン。ここでクラスメイトの「魚くさい」という揶揄に対して「豚くさい」と返す光。ここでまなかにも同じようにかましてやれと詰め寄る光も、ここだけ切り取ればとんでもない野郎なんですが、アバンでのやり取りがあるからこそ「まあ光だったらそうだろうな」と自然と納得できるような作りになっています。これだけでも見事なんですが、これが後に①口をきかないと宣言したまなかと光のシーン、②姉ちゃんとの会話での「今夜は豚の生姜焼き!」と、二方向にも活かしていくのが見事すぎます。

 

 

まなかとちさきが、走る紡の姿を更衣室から眺めるシーン。まなかが紡を初めて見惚れるシーンはこの紡がきらめく海を背に走ってる姿こそが最も相応しいのです。なぜならこれは海の中の生活では決して見ることのなかった、「陸の上のかっこいい少年」の象徴だからです。

 

ここでちょっとまなかのキャラクターデザインを見ましょう。海の人間特有の青を湛えた眼は、他の女の子たちよりも一層大きく描かれています。これは髪飾りのような謎の白い羽と相まって、魚を意識したデザインになってるわけですね。この瞳の大きさというのが実に絶妙で、これ以上大きくするとさすがに崩れるというギリギリをいつも攻めているように僕には感じます。それくらい「目で語るキャラクター」だからこそ、後半のEDがとてつもなく胸を打つんですよね。

 

 

海のおっちゃん達から光が檄を飛ばされるシーン。ここから上手く海神様の神話へと繋いでいきますが、海の集会場にこうした神話のタペストリーが飾られているのも、「エナを持つ選ばれた人種」であることに誇りを持っている彼らからすれば当然のことで、これもよくできたシーンだと思いますね。

 

 

ここで語られる神話は単なる背景説明にとどまらず、シナリオの根幹をなす非常に重要なものになっています。それを後の話数で明かす選択肢もあったでしょうけれど、凪あすは第1話で「物語の種を全て描く」という方針で作っています。そうすることで、次の話数から設定説明のための無理のあるインサートをせずに、人間ドラマだけにフォーカスすることができるわけです。

また、ここまで傍若無人なクソガキとしてしか描かれていなかった光が、大人たちとの会話に混じっているっていうのがとても良いんですよね。後の父親との会話もそうですが、ここにもやはり「光の成長物語としての種」をほのかに感じることができます。

 

 

喧嘩した光を待つまなか。この神社の鳥居の独特な佇まいやフォントも良いですよね。光の謝罪を受けた後の、「うん!」と喜ぶまなかの姿のなんとまあ愛らしいこと。光じゃなくたって絆されてしまいます。

その後うろこさまのセクハラから逃げ出すまなか。ちなみに「メスの匂いがする」というセリフ、単純にまなかの生理だと解釈する向きもあるようですが、だとすればちさきからジャージを借りるくだりと噛み合わなくなりますし、このタイミングでうろこ様が指摘するのもよくわかりません。なのでここは「まなかが紡に寄せる感情の正体」を考える上でとても重要な要素であると解釈すべきでは、というのが僕の意見です。

 

永谷「今のこの髪をかきあげる仕草、いいよね〜笑」
篠原「いや、当初のシナリオではうなじが見えてドキっとするってなってたんですけど、でもまなかは髪が長くてうなじが見えねえよって話になって笑。じゃあ髪をかきあげるような仕草にしようと。要は、こどもっていうよりは、成長した少女っていうのを出していこうってことなんですけど」
永谷「ね。ああいう仕草はいいですよね」

篠原「そういうポイントを見ていくのが、光くん……まなかが釣り上げられる瞬間を見るのも光くんだし、こういうドキっとする仕草を見るのも光くんだし。そうやって光目線で物語を進めていこうっていう上で出来上がっていったのが、まなかというキャラクターなのかなと」

 

 

翌日、うろこ様に呪われたまなか。ここのシーンもやはり逆算して書かれたと思うんですよね。後々のオナラのシーンで恥ずかしくなって逃げ出すのを描くために、ここで一度魚の口からオナラ音を出しておかなきゃいけないわけです。そのために光が魚に軟膏を塗ってるわけですが、初見で見ているときに、全然違和感ないじゃないですか。よくよく考えれば「なんで魚に軟膏塗るの?」となるんですが、会話の流れもあってか、すごく自然なシークエンスに思えるわけです。いやまったく見事という他ありません。

 

あとここまで意図的に音楽の話題を避けてたのですが、というのは第1話の音楽編集はもう完璧すぎて100億万点でそれだけで語り尽くせないほどだからです。是非ともみなさんには音楽に注意しながら見直してもらいたいのですが、ここは特に注目すべき場面の一つです。

膝の魚が初めて映るカットでいかにもコミカルな音楽が始まります。こんな雰囲気の音楽は第1話で初めて出てくるわけですが、この場面には実によく合ってます。そして「ひぃくんはいいの!」のところで音楽が終わりますが、このシーン自体はまだ終わらず、光がまなかの膝にタオルを巻いて、「細っせえ足……」というセリフがあります。これはここでの光のまなかに対する見方が伺える非常に重要なセリフなので、音楽をつけずにセリフだけで味わいを出したい。ということでこのコンテと音楽編集の形になった、と思います。芸術的な音楽編集というわけではありませんが、とにかくきっちり音楽をつけるというのを徹底しているんですよね。細かな違和感をわずかでも残さない、この24分の中で、見ている人の集中力をずーっと保てるような音楽の付け方になっています。教科書レベルのお手本と言えます。

 

 

学校でクラスメイトからエナを確認するために身体をまさぐられるまなか。このシーンの一番の目的はもちろん、この後でエナが乾くというのを描くための準備です。エナの存在を絵で見せるだけならここ以外のタイミングもあるし、他にもいろんなやり方がありますが、このシーンにおいては「男子は自己紹介のときに露骨にからかってきたが、女子は女子なりに海人に対する偏見を露にする」という描写も同時に行えるわけです。そしてそれを諌めようとする紡の、周りからは浮くほどの大人っぷりも描けます。囲碁の優れた一手がいくつもの狙いを含んでいるのと同じように、優れた脚本は一つのシークエンスでいくつもの情報が盛り込まれています。そして先程布石を打っておいたオナラのくだりがあり、まなかが逃げ出す。ここからの音楽も大変素晴らしい。

 

 

胸が詰まるようなシーンの中での、この残酷なまでの美しい風景との対比が凄まじいですね。

 

 

一人まなかの捜索へ駆け出す光を見送る二人。先述したように、「第1話で全部描く」方針である以上、この二人も描写しないわけにはいきません。ここでの要の「もしまなかがいなくなったら」という発言はちょっといきすぎなんじゃないかという気もしますが、こういう、「達観して全体を見渡せているようで、実は全然空気読めてない」要のキャラクターがよく現れているとも言えます。そしてこのシーンまで一つの音楽でまとめようとするその構成力もまた見事ですね。

その後まなかを紡が発見して、家まで運んで風呂に漬ける。そして目覚めるまなか。

 

 

膝の魚に餌をあげようとする紡に対して「やめて育てないでお願いー!」というまなかのセリフはいやー本当に素晴らしい。これぞ岡田麿里の真骨頂ですよね。

その後の紡の「エナって本当にあるんだな。きらきらして、きれいだ」というセリフは、先程のクラスメイトの女子たちとの対比が効いてますよね。あのときは走って逃げ出すことができたけれど、今はもう逃げ出す場所がなくて、水の中に潜るしかできません。ここで塩のホワイトでフェードアウトするコンテもお見事。

 

すっかり夜が更けてようやくまなかを見つけた光。ここでのまなかと紡の街灯の入れ替わりもまあ見事な演出です。そして紡の前でも膝の呪いを隠さなくなったまなかに気づく光。本当にバッハのフーガですよこれは。どんだけ緻密に脚本を練り上げてるんだと驚かされます。

 

まなか「ひぃくん、探してくれてたんだよね。迷惑かけちゃって、ごめんね。……ひぃくん? あ、お歌の練習してる」

そう、実はここでおふねひきの唄がもう登場してるんですね。この後しばらく歌は出てこないので、どうせ見てる人はみんな覚えてないのだから、別にここでそのセリフを入れなくたっていいんですよ。じゃあなぜ入れたか? 「第1話で全部描く」からです。ここまで徹底してるんですよ第1話。僕もこの記事を書くために久しぶりに見直したらたまげました。10年経ってもまだまだ発見がある、底の見えない作品です。

 

 

といったところで、第1話の見どころをさらっていきました。どうですかこのとてつもなく凝縮された24分は。こんな密度の濃い、だけでなく限界まで磨き上げられた脚本とコンテは、凪あす以降の10年間でさえほとんど見ることがありませんでした。

面白いと感じるかは人それぞれです。しかしこの「出来の良さ」というのは客観的に間違いなく断言できることです。この壮大で美しい物語の開幕にふさわしく、丁寧に緻密に作り上げられた第1話であるというのが少しでも伝わっていれば嬉しく思います。

 

 

さてこの後どういう記事を書いていこうかというのはまったく未定です。第2話以降だって語りたいことは各話同じ文量くらいあるのですが、そんなのを全話やっていったらいくら時間があっても足りません。とりあえず、絶対に書かなければいけない「凪あすはご都合主義の物語だったのか?」というテーマがあるので、次回はネタバレ全開でそれについて書こうかなと思っています。その後は記事の反応を見ながら考えていきましょう。