「ノーリミットホールデムは、ポジション、そして人、のゲームなのだ」
—— Doyle ‘Texas Dolly’ Brunson
3月8日、パリに来て初めて、そして僕の人生においても初めてのリアルポーカーを体験してきました。
僕がテキサスホールデムという単語を初めて知ったのは高校生のときです。学校祭のクラス企画でカジノをやろうということになって、ポーカーの勉強をしようと思ってネットであれこれ調べたときに出会ったのです。ドラクエなどで日本人に馴染みのあるポーカーと違って面白そうだなとは思ったのですが、何も知らない素人がいきなりやるのは難しそうだったので、僕自身は結局その頃よく遊んでいたダーツの担当になりました。
それ以来まったくポーカーに触れることはなかったのですが、2016年の春頃に突如としてポーカーのアプリで遊ぶようになりました。きっかけが何だったのか全然覚えてないのですが、その時期にいわゆるスマホゲームを何となく遊ぶようになったことと、その当時もうすっかり有名になっていた木原直哉さんの動画か何かを見た影響もあったかもしれません。
iPhoneのポーカーアプリはたくさんあって、課金しなくても十分遊べるのでそれで楽しんでいたのですが、ちゃんと勉強したいなと思って数少ない日本語のポーカー書籍を読んだりもしました。そうするうちに、単純なルールでなんて奥が深いのだろうと感動し、どんどんハマっていったわけです。
さて。日本ではもちろん賭博はできませんから、いわゆる本物のポーカークラブなんてものがあるはずもないのですが、ちょっとしたブームもあり、東京では賭け金なしで遊べるクラブが結構あるようです。それに最近は賞金の出るイベントなんかもそこそこ頻繁に開催されるようになったので、日本のポーカー愛好家はかなり増えてきているでしょう。
僕が東京に住んでいればそういう場所で遊んでみたかったのですが、わざわざそのために札幌から飛行機で通うなんてことはもちろん出来ませんから、実際に生のポーカーをプレイしたみたいという欲求は募るばかりでした。
ただ一方で、そういう場所でプレイしたとしても、ポーカーの真髄を味わうことはできないだろうなとも思っていました。当然ですね。ポーカーはギャンブルですから。本物のお金と同じ価値をもつチップの重みは、そこにはないわけです。僕がネット麻雀にそれほどハマらなかったのも同じ理由です。結局麻雀も握らない限りその本質を知ることは出来ないと思ったからです。かといって、(大声では言えませんが)いわゆる握れる雀荘に行くほどの熱意もありませんでした。そもそも僕はタバコが苦手ですから。(とはいえ携帯できる麻雀セットを買って大学に持っていく程度にはハマっていた時期もありました)
そんなことを考えながら生きていたある日、パリ行きが決まったわけです。もちろん主目的は別なのですが、せっかく行けるのだから、やるしかないですよね。
なのでこちらに来る前から情報を集めていました。パリにはもともと歴史ある有名なポーカークラブがありました。それが Le cercle Clichy-Montmartre なのですが、リンク先を見ても分かる通り、なんと去年閉鎖してしまったんですね。僕が今住んでいる家はここから歩いて行ける距離なので、それが家を決めた理由の一つだったのにこれは非常にショックだったわけです。さすがに去年は本業のほうで精一杯だったのでポーカーなんて考える余裕すらなかったのですが、閉鎖してしまうんだったらその前にやっとけばなあと後悔しました。
ツイてないなあと思っていたある日、パリに新たにポーカークラブができたという情報が。それが今回訪れた Paris Elysees Club です。名前の通り、シャンゼリゼ通りのすぐ近くにあります。ポーカーというかカジノ自体初めて行くわけですから、そもそも入場できるのかとか、ポーカーが出来るのかとか、全然わからなかったのですが、とにかくまずは行ったれ! と決心したわけです。人が多く集まりそうな金曜日にしました。
時刻はおよそ21時前。冒頭の写真はシャンゼリゼ通りの地下鉄駅を降りたところで撮ったもので、その後腹ごしらえと験担ぎにクレープを買いました。勝利の女神よ、どうか我に恵みを…
通りから路地に少し入ったところにクラブを発見しました。入り口にガードマンが数人いて、それだけで緊張してしまいます。荷物チェックをした後で中へ。
受付で身分証明書を提示します。僕はパスポートを持って行きました。入場料は15ユーロです。その後階段を降りていくと…
ああついに来てしまった。映画の中ではなく実際にこの空気を味わう日が来るとは。
ここに写っているのはポーカー卓ではなく、Punto Bancoというゲームの卓です。ルールは見ていてもよくわからなかったのですが、おそらくルーレットとかと同じように、特に戦略性のないギャンブルだと思います。なので一番多くの人がやっていました。中国系の人が結構いましたね。女性客もちらほら見られます。
写真の真ん中やや左の奥の方が換金所です。まずはここで現金とチップを交換して、遊び終わった後でまたチップと現金を交換するという仕組みです。ここには写っていませんが銀行のATMもあります。
ポーカー卓はここの上のフロアにありました。ノーリミットホールデムの卓が3つ、オマハの卓が1つです。近くの受付の人に予約申請をして、テーブルが空いたら予約待ちの順に案内されるというシステムです。予約申請のときにもパスポートの提示があり、現住所も訊かれました。
…ここまで実にスムーズに書いてますが、実際は「そもそもポーカー卓どこ!?」「え、予約が必要なの!?」「どうやってチップを買うの!?」と行き当たりばったりでした。まったくの初心者ですから、ええ。
さていよいよ本題のポーカー勝負が始まります。ここから先はある程度ポーカーの知識があった方が楽しめると思います。解説サイトは山ほどありますが、僕は「ポーカー道」をお勧めします。ここの「はじめてのポーカー」の項目を読めば最低限のルールは理解できるでしょう。別に全然難しくありませんので、知らない方は一度勉強してみてください。
ちなみに僕の腕前は「初心者に毛が生えた程度」です。最低限の知識や確率なんかはもちろん知っていますし、世界大会の動画なんかも見たりしていますが、なんせリアルポーカーは初めてですから。カモにされてもおかしくないのは十分承知の上です。そんな人間がよく行ったなってね。僕もそう思いますわ。
そりゃもちろん結果として勝てれば言うことはないのですが、目的は勝つことではありません。僕はポーカーが何なのかを知りたいのです。そのためには本物の金を毟り合う勝負の席につかなければいけないので、やるのです。
いよいよ僕の名前が呼ばれ、テーブルに着きます。
まず面白いのは、先ほどの写真のフロアとは客層がまるで違うことです。あちらは基本的に40、50代以上の人ばかりで、女性もいて和やかに遊んでいる感じですが、こちらは明らかにガラの悪いあんちゃんや、非常に身なりの良いおじさま、10代っぽくも見える若い子など、バリエーションが豊かな一方で女性は一人もいません。いい感じですね。これを味わいにきたんですよ。
当然ですがテーブルを写真にとることはできません。不正につながりかねませんから。なのでハンドについては別画像で紹介していきます。
9人卓で、AAがディーラーです。僕は最初から最後まで6の位置にいました。途中で入れ替わりが何度かありましたが、長く着席していた主要な人物を紹介します。
2番:20代のやや小太りの男
4番:20〜30代、ヒゲメガネ金髪の熟練者っぽい雰囲気
5番:20代、イヤホンをずっとしている細身の男
6番:僕
7番:30代、長身でがっしりした、こちらも熟練者っぽい
8番:30〜40代、アラブ系の男
9番:本日の最重要人物
10番:20代、ヒゲメガネの目つきの悪い男
「もう1ヶ月以上も前のことだし適当なんじゃないか?」 いやいや覚えてますって。なぜなら僕はずっっと極度の緊張状態にあったわけですから。忘れようとしても忘れられません。これから紹介するボードやハンドも適当ではありません。覚えていますし、メモもとってあります。重要な局面はすべてその場でメモしようと決めていたのです。
さて、このクラブのブラインドは、5ユーロ/10ユーロです。こんなものかもしれませんが、初心者が遊ぶには重すぎるブラインドと言えるでしょう。これが意味するのは勝負に参加すれば平気で100ユーロ以上の勝ち負けになるということです。なので金銭感覚を完全に麻痺させる精神状態を作り上げなければいけません。
この日僕が用意したチップ(バンクロール)は800ユーロ。すなわち80BBです。他の参加者は平均で110〜120BBくらいだったので、やはりそれくらいは用意しておくべきだったと思いました。
最初のうちはよほどの手が来ない限りしばらく様子見しようと思いました。どんな雰囲気の卓なのかを知る必要がありますから。
数ゲームを過ごしてわかったのは、まずプリフロップレイズが基本だということ。そしてそこそこの頻度で3ベットが飛んできます。なのでプリフロップで決まる場合も結構ありました。そうなると自然と、初心者の僕としてはタイトなスタイルにならざるを得ません。ここで圧倒されてしまったのが後々大きく響いてきます。
やがて、QJsが来ました。ポジションはHJ。いくらタイトでもこれを逃すわけにはいかないので、30ユーロレイズをして初参加。BBがコールして2人勝負です。
相手は先ほどの10番です。フロップでヒットしました。相手はチェックし、こちらは40ユーロレイズ、コールされました。ターンでJまで来たので内心ガッツポーズ。が、しかし、このとき初参加で舞い上がっていたためか、アクションの順番を勘違いしてしまいました。相手がまだ考えているうちに、こちらが100ユーロレイズしてしまったのです。
するとディーラーから「まだですよ」と注意を受け、特にペナルティはなくチップをひっこめました。それは良かったのですが、それを見て相手はチェック。僕はアホ丸出しで先ほどと同じように100ユーロを投じたら、その1秒後に400ユーロのレイズをくらいました。
こういうことなんですよね、経験不足というのは。これがまさにゲームでしかポーカーをしたことない人間の弱点です。それにしても酷いというのは十分わかってます。もしこれがブラフでないとするならば、相手のポケットがヒットしているのか、それともT9ストレートなのか。
とにかくこのとき胸中にあったのは、「まだ開始1時間も経ってないのに退場は嫌だ」という非常に弱腰な感情です。一度こういう心理状態に陥るともう冷静に思考することができません。
しばらく考えてフォールドしたら、相手が「バーカ、ガキはさっさと帰って寝な!」と言い放ち、65♠︎をオープンしました。本当に情けない。まんまとやられたわけです。こんなくだらないミスで一瞬のうちに200ユーロ弱を失ったのです。
自分自身が恥ずかしくて情けなくて叫び出したいほどでしたが、これでようやく目が覚めました。ここは本気で金を毟り合う場所なんだと再認識することができました。気を取り直して次に向かいましょう。
ボタンが2周もする頃には、だいぶテーブルの特徴がつかめてきました。まずここの主役が9番であること。彼が最もアグレッシブに参加していました。3ベットもガンガン打つし受けます。これはだいぶ後の話ですが、彼は3ベットを46oで受けてそれを見事リバーでストレートにして大金を獲得しました。そういうプレイヤーです。
そして先ほどの10番は危険なプレイヤーかと思いきやあの一件以後はそれほど目立ったプレーはありませんでした。それよりも4番、7番が怖かったです。一番多かったのが9番と4番の一騎打ちで、最後5〜600ユーロまでいってコールしておきながらお互いトップじゃないワンペアだったりするので、恐ろしい人たちだなと思ったものです。これものちに響いてくるわけですが。
ポーカー卓はほとんど観光客なんて来ないので、皆当然フランス語で会話してたわけですが、彼らの普通のテンポで喋られるとやはり聞き取るのが難しいです。9番は一番喋っていましたが、そのうち僕にも声をかけてきました。
9「どっから来たの?」
僕『日本だよ』
「へえ、いいね。俺も何度か行ったことあるよ。大阪とかね」
『え、ほんとに? そうなんだ』
「旅行で来たの?」
『いや、音楽院に留学しに来たんだ。作曲を勉強している』
「ワオ、マジで? コンサートとかやんないの? 連絡先教えてよ」
そんな感じでひょんな展開に。彼の名前はエルヴァン、彼もまたヒゲメガネボウズです。
「結構フランス語話せるじゃん。いつからいるの?」
『去年の9月末だね。そろそろ半年になる』
「ええ!? それでもうそんだけ喋れるの? すげーなおい!」
いやもちろん来る前にある程度フランス語勉強してましたから。でも悪い気分じゃないので黙ってておきましょう。
ポーカーは参加しなければ基本的には暇ですから、こうやって話す余裕があります。こういう出会いがあるのも嬉しいことですね。ここにいるのはこの場でなければ絶対に出会わないような人間だけですから。
仲良くなれるのは素敵なことですが、しかし同じ卓にいる以上、敵であることは忘れてはいけません。そしてその瞬間はすぐに来ました。
僕のポジションはEP。AJsが来たのですが、3ベットを恐れてリンプインしました。その後エルヴァンが60ユーロレイズ。ボタンの2番がコールし、僕もコール。3人勝負です。
フロップでトップヒット。しかもフラッシュもストレートも狙いづらい、理想的なフロップです。80ユーロのベットに、エルヴァンがコール。ボタンは降りました。
ターンでQ。ちょっと怖いカードでしたが、続けて200ユーロのベット。すかさずコールされました。これには参りましたね、ここで降りてくれるのを祈ってたのですが。
そしてリバー。7が重なる。オリジナルレイザーのエルヴァンがAQ以上を持っている可能性はもちろんありますし、彼の手の広さなら7の3カードがあってもおかしくはない。しかし同時にKKやJJのような場合、こちらがチェックしたら必ずベットしてくるでしょう。これまでのアクションでこちらがAを持っていることを示しているようなものですから、負けるとわかっててチェックするようなプレイヤーではない。
もう残りのチップは400ユーロを切っているので、攻めるならすなわちオールインしかありません。あるいは敢えてスモールベットで様子を見るという選択肢もあったのでしょうけれど、このときの僕の頭には全く浮かんでいませんでした。攻めるか、引くか。
ここでオールインはできない。チェックをしたら、案の定エルヴァンはオールインしてきました。キツすぎる…
これまでの他のゲームを見ていても、彼がまったくヒットしていなくても最後まで押し切れるプレイヤーであることは明らかでした。しかし今回もブラフだと、どうして確信できようか…
悩み続けていると、ディーラーから「タイム!」という指示が入りました。すると、手の空いている他のディーラーが僕のそばに来て、腕時計を確認しながら、「あと30秒で決めてください」と指示を受けます。それを受けてすぐに、
『いえ、決めました。…パセ』
僕は降りました。ここで受けた瞬間に負けるイメージしか想像できませんでした。
エルヴァン「なあ、何持ってたんだ? 教えてくれよ。こっちも見せるから」
僕『いや、いい。今回は僕の負けだ』
ここで手を見せ合うことは、間違いなく今後こちらの不利に繋がるだろうと思ったので拒否しました。アプリのポーカーゲームだったら気軽に皆オールインしてきますが、本物のチップを賭けたオールインがこんなにも重圧になるなんて、ここに至るまでまったく知らなかったのです。
相当落ち込みました。これでもう手持ちは400ユーロを切って、最初の半分以下になってしまったのです。もちろん甘くないとは思っていましたが、こんなにも太刀打ちできずに負けてしまうのが悔しくてなりません。
しかし今日ここに来るまでに絶対に心に留めておこうと思っていたことがあります。それは「何があってもヤケにならない」ということです。「ええいままよ、突っ込んでしまえ!」という決断で攻めた場合、かなり高い確率で死ぬのがポーカーです。こちらが全力で攻めるのは、自分の思考の中で相手の手を読み切ったときか、全力で相手を降ろしにかかるときです。それは死んでもいいから勝負するというものとは全然違います。ヤケを起こしたら死にます。それだけは初心者の僕でも理解しています。
今はとにかく、勝負の瞬間を待ちましょう。
それから数ゲーム後に、早くもその瞬間がきました。KKが来たのです。ポジションはエルヴァンのボタンです。こちらの60ユーロレイズにエルヴァンコール、隣の10番もコール。3人勝負です。そして運命のフロップは…
僕の寿命を死神に捧げてしまったかのような当たりです。ポケットペアがフロップで4カードになる確率は0.002%です。10万回に2回ですね。フロップが並べられた瞬間に目玉をひん剥いてもおかしくないような当たりなのですが、多分僕の表情は変わっていなかったと思います。訓練したというより、こういうこともあるとわかっているので、偶然によるものに対してはそれほど動揺はしません。
さあ、こうなった以上、考えるのはいかに多く相手からむしり取るか、それだけです。10番チェック、僕は20秒ほど考え、一度チップに手をかけてから、戻してチェックしました。エルヴァンもチェック。
ターン。10番チェック、僕は100ユーロベット。エルヴァンがコールし、10番は降ります。
リバー。8が重なったのは最高にラッキーです。エルヴァンが持ってる可能性がありますから。しばらく考えたのちにオールイン。エルヴァンもすかさずコールしました。そして僕が頭の上から2枚のカードを叩きつけると、テーブル中から歓声が上がりました。
エルヴァン「そうだろうね。少なくともKは一枚ヒットしていると思ってたんだ」
それなのになぜ彼がコールしたのかは謎ですが、その真意を問いただすつもりはありませんでした。
これでチップは元の800ユーロまで回復しました。ここでやめても良かったのですが、このときすでに日付変わって深夜1時。終電もありません。まあこうなったら朝までやるしかないですね。
これは3時頃に撮ったものですが、これだけの人がいます。ポーカーをやっていると本当に時間感覚が麻痺して、あっという間に過ぎていきます。きっと他の人たちも同じなのでしょう。
さて先ほど僕はフォールドするときにパセと言いましたが、ここではポーカー用語もフランス語なので普通とちょっと違います。例を挙げると、
Fold(フォールド)→ Passer(パセ)
Raise(レイズ)→ Relancer(ルランセ)
Call(コール)→ Payer(ペイエ)
こんな感じで、チェックは同じです。でも英語でも普通に通じます。
もちろん長くプレイしているとお腹も空くし喉も乾くので、飲食は普通にできます。チップが現金と同じなので、そのチップを使って注文するんですね。みんな酒を飲んだり何か食べたりしながらプレイしていましたが、僕はというと緊張状態で何も喉を通りません。喉は乾いていましたが、ここで買う水なんて高いだろうなと思って結局何も注文しませんでした。
各テーブルのそばにモニターが置かれ、現在のポットがいくらなのか自動で表示されます。一体これどういう仕組みなんでしょうね。見づらいですが写真ではポットが1800ユーロと表示されてます。これは僕が参加していない3人勝負のときのもので、この後さらにオールイン勝負になってポットが3000ユーロ以上になりました。一番悩んでいたのが8番のアラブ系の男で、彼も僕と同様タイムがかけられて限界まで時間を使ったのち、オールインしました。側から見ているだけでもこういうのは緊張してしまいます。
そして7番の席に新たに座っていた別の男が勝ちました。そのときの8番のこの世の終わりのような表情は忘れられませんね。こういう場所なんです。そして自分がいつそうなってもおかしくありません。
その後の僕はあんな神がかり的なヒットに遭遇することもなく、かと言って最後まで押し切る判断もできずに、結局少しずつチップを減らしていってしまいました。そしていよいよラストゲームのときに、エルヴァンが全員に提案します。
「全員の持ってる5ユーロ以下のチップ全部かき集めてやろうぜ」
皆がそれに乗ったので、特殊ルールの最終ゲームが始まります。最初の時点ですでにポットが300ユーロ近く。もしオールインして他全員を降ろせればそれで十分儲かります。残念ながら僕のハンドはゴミだったので参加せず。これで本日の収支が決定しました。
最後の勝負に参加したのはオリジナルレイザーのエルヴァンと、3番(20代の天パの男)、7番(先ほど3000ユーロ以上勝ったアラブ系の男)、8番(高そうなスーツの40代男)の4人。ポットはすでに800ユーロ近く、フロップは…
まさかのモノトーンボード。エルヴァンがチェックすると3番がオールイン。なんと7番、8番もオールイン。当然エルヴァンは降りますが、とんでもない展開になってしまいました。
おそらく一般的なポーカークラブや大会だったらオールイン勝負になった時点でそれぞれハンドをオープンするのがルールだと思うのですが、ここではオールイン後でもまずリバーまで進み、その後負けていたらマックすることもできるようです。
3番が近くで観戦していた人たちに自分のハンドを見せると妙な盛り上がりを見せています。これはつまり…
結果は7番がT8のフラッシュ、8番がQQの3カード、そして3番がA7のフラッシュでした。さすがにこれには僕も口をあんぐり開けて呆然としました。こんなことあるかあ?
7番の男はその前に獲得していた3000ユーロを結局全部スったわけです。そして3番はこのゲームだけで7000ユーロ以上獲得しました。後で彼と話したら「いや、こんなのは狂ってる」なんてニヤつきを抑えられずに語っていましたが、本当にその通りですわ。そしてこれがポーカーなんですね。
さて、僕の最終収支はどうなったのか。発表します。
210ユーロの負け。
いや負けたんかいってね。でもズブの素人が初参加でこの程度の負けで済んだのなら十分なんじゃないですかね… あの奇跡の4カードがなかったら確実に全てスっていたでしょう。
時刻は朝の5時半。ラウンジで少し休憩しながらエルヴァンと話します。
「どうだった? 勝った?」
『いや、少し減らして負けたよ』
「あれ、ほんと? 結構勝ってるイメージだったけど」
『後半ですっかり怯えて全然参加できなかったから。君のプレイはすごかった。とても勉強になったよ』
本当に、この日エルヴァンに出会えたことは勝ち負けよりも最大の幸運です。彼のプレイを目の当たりにして、自分のポーカー観がかなり刷新されました。この、自分の中で何かが変わっていくのを求めていたのです。これはアプリゲームを何年やったって身につかないものですから。
結局この日、21時半から5時半まで、約8時間全く飲まず食わずトイレにもいかずポーカーをし続けていました。さすがに終わった後は憔悴しきってしまいましたが、やってる最中は本当にそれどころじゃないんですよね…
これは肉体的にも精神的にも負担が大きすぎるので、次からはもう少し早めに行って、終電で帰れるようにしようと思います。
さて今後の予定ですが、自分ルールで「一定金額以上負けたらもうその年はプレイしない」と決めているので、そのラインを超えるまでは挑戦し続けようと思っています。なのでこの次がポーカー放浪記の早くも最終回になる可能性だってあるわけです。この記事を書き続けるためにも、次は勝たなくちゃいけませんね。
収支は入場料ももちろん含めます。
【収支】2019年
3月 ー225