Point d’orgue -Ensemble 2e2m 3/24@PdP [4.0]

3月24日、フィルハーモニー・ドゥ・パリで行われたオルガンコンサートに行ってきました。と言っても普通のオルガンコンサートとはだいぶ趣が違いました。

 

プログラム

 

実は行くときにトラムがずいぶん遅れて開演にギリギリ間に合いませんでした。なので最初の作品は聴けず。2曲目は単純にバッハの編曲なので割愛。3、4曲目の紹介をします。

 

3. Ondrej Adámek (1979-) «Lost Prayer Book» (2019)

パリで音楽を学んだチェコの作曲家。この作品のメインはですが、日本のではなく中国のです。一体どのように違うのか、今回演奏した Wu Wei が楽器の紹介をしている動画があるのでご覧ください。

 

 

 

確かに日本の笙に近い感じですが、見た目通りもっと金属的な響きがしますし、アコーディオンに近い雰囲気もあります。単純な運動性能ということでいえば日本の笙よりも自由度が高そうなので、現代作品には向いていると言えるでしょう。ちなみにプログラムではこれをChinise mouth organと紹介していたので、これも含めてオルガンコンサートというわけです。

 

作品の編成はオーケストラ楽器を一人ずつと、打楽器が二人、そしてソリストがこの笙です。カデンツァというかソロで演奏する場面はいくつかあったのですが、それほどコンチェルトっぽい作りではありません。この動画には登場しない特殊な奏法もでてきたのですが、超絶技巧というような雰囲気ではありませんでした。

構成は緩急が明確に切り替わるのを繰り返す感じで、盛り上がる箇所のリズム点は終始単調でした。平易というよりは安易な印象を受けます。金管楽器と笙の絡みで面白いアンサンブルもあったのですが、それだけではちょっと物足りない感じでしたね。4.0。

 

 

 

 

4. Raphaël Cendo (1975-) «Individua» (2019)

フランスの作曲家。演奏形態は普通のオルガンと合唱と、エレクトロニクス、要は録音済み素材ということです。ただ合唱の配置が非常に特殊で、舞台上には誰もおらず、舞台後方と左右の客席、ホール最上部の客席の4箇所に別れて配置されています。それだけ離れてどうやって指揮をするのかと思ったら、舞台に指揮者がいて、その指揮者を見ながら各セクションの副指揮者がそれぞれの合唱グループをまとめるというやり方でした。

 

 

見辛いですが、後方の客席に合唱団と副指揮者1名が見えます。

 

 

僕の席は最上階だったので、すぐ近くに合唱団がいました。見てわかるとおり子供が多いですが、大人もいます。

 

これはいわゆる「参加型」と言うべきか「教育型」と言うべきか、そういう類の作品です。つまり子供や音楽家ではない大人が演奏に参加するタイプの作品というやつです。それほど実践例は多くないでしょうけれど、現代音楽のエッセンスに触れる機会を創造するという目的で社会的意義を見出す人は多いので、こうした傾向の作品を作る作曲家は世界中にいます。

僕自身の意見としては、賛成反対というより単純に難しいなと思っています。遊び目的ならそれに特化したものはたくさんありますし、芸術性を目指すなら素人にやらせる必要がない。この二つを両立させるのは容易ではないでしょう。

 

今回の作品は合唱は普通の発声はほとんどなく、呼吸の音や擬音のようなものだけで、あとは写真にも写っていますがプラスチックの棒をそれぞれが持っていて、それを叩くというのが基本のアクションです。オルガンはクラスター的な暴力的な音が多く、録音素材は装飾程度でそれほど目立ってはいませんでした。

まあこの空間配置の中で立体的な音響を作ろうとすること自体は面白いとは思うのですが、果たして参加している子供たちが楽しめるような作品かと言われれば僕には疑問です。あとはやはりリズムも音響も単純なものにならざるをえないので、そういった問題が解決されることもありませんでした。まあ難しいですね。3.5。

 

 

そんな感じで、1時間程度の短いコンサートでした。質は置いておくにしても、こういう試み自体は素晴らしいと思います。準備も練習も大変なので、意欲的な企画者と多くの賛同者がいないとこういうのは実現できません。またこういった企画があれば見に行って応援したいですね。