2020年のパリで行われている第9回カルテットビエンナーレの特集記事です。前回はこちら。
今回のカルテットはベーラ弦楽四重奏団(Quatuor Béla)です。2006年にパリ・リヨン高等音楽院の学生で結成。現代作品の専門集団で、これまでに出しているCDも全て現代作品です。
そして今回はさらにカルテット祭りの中でも異色で、ブルターニュ民族楽器アンサンブル集団、ソヌール-エルヴァン・ケラヴェック(Sonneurs – Erwan Keravec)とのコラボコンサートです。
これがソヌールのメンバー。一番右がリーダーのエルヴァン、楽器はコルヌミューズ(cornemuses)、いわゆるバグパイプですね。そこから順番にトレロンバルド(trélombarde)、ボンバルド(bombarde)、ビニウ(biniou)という楽器です。バグパイプ以外は見たことも聞いたこともないですね。いずれもブルターニュ地方の古くからある民族楽器だそうです。
Youtubeに彼らの紹介映像があったので載せておきます。
「いやどれがどの楽器の音かわかんねーよ」って? 僕もです。まあいずれもダブルリード系の似た音色の楽器なんだなという理解で十分です。
1. リゲティ: 弦楽四重奏曲第2番第5楽章
2. 大友良英: «Walk on by sonneurs» (2019) (世界初演)
リゲティは無難な感じの演奏。問題は次ですよ。まさかこんなところで大友良英の名前を目にするとは。本人についてはWikipediaをご覧いただくとして、ノイズ・フリー系の彼が一体どんなカルテットの作品を書くのか!? と気になって仕方がなかったので当日ぶっつけで来てみた、というのは前回の記事ラストで書いた通りです。まあ実際はカルテットの作品ではなく、コラボしているソヌールのための新作だったというオチなんですけどね。なんだよそういうことか。
それでどういう作品だったかということなんですが、まず1曲目が終わったら椅子や譜面立てが全部片付けられて、舞台上には何もない状態になります。その後ソヌールの4人が出てきたのでお客さんは拍手するわけですが、彼らは並ぶわけでもなく、いきなりウロウロし始めます。入場からすでに作品が始まってるということですね。それで楽器の音を出さないまま、吹くそぶりだったりいじったりしながら4人バラバラに動きながらウロウロ。その間、後ろにあるスピーカーからあまり目立たないようなノイズも少し流れています。
そして時間が経つにつれて少しずつ各人が楽器の音を出し始めますが、メロディーらしきものは一切ありません。基本的に短い音か長くても同じ音をブーっと吹くだけです。その後どんどん音が重なり始めると、かなりの音量になります。耳をふさいでる人もいましたが、個人的には「許容できるギリギリの音量」といった感じです。まあ本来野外で演奏するための楽器でしょうから、ホールの反響があるような状況だとものすごい音量になるわけです。
もちろんその間もウロウロするのは変わらずで、壁際まで広く歩きながら、つまり音の定位を変えながらひたすらそんなことをやって、最後には四方にある出入り口へそれぞれが音を出しながら消えて行くという終わり方。なので終わったら舞台に誰も残っていない状態なのでそのときの写真は撮れず、最後の曲になってようやくさっきの写真が撮れたわけです。
フランス語で本人によるプログラムノートが書かれているので紹介しておきましょう。(翻訳信頼度:低)
なるほど終わってみれば彼らしい作品だなと思いますね。どんな楽器でも、と書かれていますが、やはりバグパイプみたいな相当響く楽器じゃないと面白みには欠けるでしょうね。
で、作品に対する評価ですが……まあいわゆる「コンセプトアート」に属するタイプの作品だと思いますが、個人的にコンセプト主義の作品はそもそもそれほど好きではないので、この作品も同様、といった感じでしょうか。これがジョン・ケージの二番煎じではないのかどうかはもう少し本人の言葉を聞いてみないとわからないですね。このときは楽器の音を初めて聞いた瞬間だったので興味がある程度持続しましたが、この後に登場する作品をやった後だったら果たして同じく興味を持てたかは怪しいですね。
3. ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第11番『セリオーソ』
そんな作品の後でベートーヴェンという、まあ流行り言葉で言えば「高低差激しすぎて耳キーンなるわ」「温度差激しすぎて風邪引くわ」ってやつですね。
この演奏はずばり表現できます。「現代音楽専門集団が古典をやったときのあの不器用さ」でわかる人には十分わかるでしょう。明らかに普段弾き慣れていないのがありありと伝わってきます。しかも慣れていないのを練習でなんとかしようという形跡も一切見られなかったので、まあ今回のベートーヴェン企画を嫌々やらされたというのが実情でしょう。作品そのものは素晴らしい名作なので、知らない人は是非聴いてみてください。
4. Frédéric Aurier (1976-): «Antienne pour les jours de fièvre» (2018)
2018年にこのベーラ弦楽四重奏団とソヌールのために作られた作品。作曲者はカルテットのファースト本人です(上の写真では左から2番目、ベートーヴェンだけは彼がセカンドだった)。彼はリヨン高等音楽院で作曲を学んでいたようです。
最初は舞台にカルテット4人と、その後ろにソヌールの2人だけがいて、残り2人は客席後方の左右にそれぞれ配置された状態で始まり、途中でその2人も舞台にやってきて全員で締め、という感じ。カルテットは特殊奏法はほとんどなし……というか特殊奏法なんて細かい音をやってたら他の楽器にかき消されてしまうのでやる意味がないとも言えます。なので基本的に弦も他も持続音主体でした。冒頭で立体配置をやる意味をあまり感じられませんし、作品そのものもさほど興味深いものではなかったのですが、弦とバグパイプは案外面白い音量バランスだなとは思いました。完全に弦がかき消えると思ったんですが、そんなことはなかったですね。
5. Wolfgang Mitterer (1958-): «Run» (2015)
最後はソヌール4人の演奏。オーストリアの作曲家で、ウィーン音楽大学でオルガンと作曲を学んだあと、ストックホルムで電子音楽を学ぶ。1990年にオーストリアの「電子芸術賞(Prix Ars Electronica)」の特別賞を受賞(他の年の大賞受賞者には池田亮司や刀根康尚の名前があります)。この作品も他と同様、ソヌールのために作られたものです。
電子音楽専門だけあって、ミクストミュージックの作品です。リーダーの足元にペダルが置かれ、それを踏むと一定時間のシークエンスがスピーカーから流れ、それに合わせて演奏するという形式。電子音はコントラバスに打楽器を混ぜたようなアタック音がC音(ドの音)でボンと鳴ってしばらくその持続とハーモニーが続く感じで、4人の楽器も基本的にCマイナー以外の音階の音を出さないので、当然調性的というか、ハーモニーシークエンスみたいな作品ですね。劇伴的でもあり、押井守の作品なんかに合いそうな雰囲気でした。音の雰囲気は悪くないですが、舞台作品と考えると少し退屈でしたかね。
というわけで、「これはカルテット祭りなのか?」という感じではありますが、まあ中にはこういうのがあってもいいでしょう。物珍しさもあって多少高めに点数を出していますが、内容的には割と期待はずれでしたね。しかし体験としてはあの音響空間は印象強いというか忘れられない感じなのは事実ですね。当日ぶっつけで来た甲斐は十分にありました。よかったよかった。
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